第73録 ベリアルの焦り
アレキサンドル城。
2階の東側に位置する自室のテーブルででジョルジュは考え込んでいた。
いつもは穏やかな顔つきなのに、今回ばかりは眉間に皺を寄せている。
また、珍しく帽子を外しており、頭頂部が大きく跳ねた金髪が顕になっていた。
「やっぱりこのまま何も起こらないのは筋が通らないかも……」
「そ〜お?ジルジルの考え過ぎじゃない?」
ポツリと呟いた彼に、何故かベッドでくつろいでいるベリアルがのんきに声をかける。
ベリアルは見た目はこそ派手だが、性格は謙虚で臆病だった。
そのため強く言われると言い返せず、大人しく指示に従っていた。
しかしジョルジュはラング達と違って威圧感を与えたり命令してきたりしてくることがないため、彼女は彼が1人でいる時は決まって姿を現すようになったのだった。
ジョルジュは目を伏せると否定するように弱々しく首を振る。
「短気な父が負けたままで納得するとは思えない。
それにエベロスへの復讐も終わってないだろうからね。
まず、父にあの事件が作り込まれた状況だったって伝えなきゃ……」
「でもどーやって?アタシですらオーサマの場所わかんないのに」
「エベロスにもこのことを伝えて待ち伏せしようかなって」
「待ち伏せねぇ〜。
まぁエベロスはジルジルの言うこと信じてくれるとは思うよ。
今のコーテイ様、超穏やかだったし」
ベリアルの言葉を聞いたジョルジュは水色の目を軽く見開く
「……もしかして協議会を見ていたのかい?」
「あー、うん。気になっちゃって、つい……。いや、いつも皇子が邪魔しちゃうからさ〜。
もちろん誰にも話してないからね!アタシのこと知ってるの城内でジルジルだけだし!」
ベリアル以上の上級悪魔にもなれば、簡易的ではあるが自分の姿を周囲から見えなくすることができる。彼女はそれでこっそりエベロスとの協議会を全て見ていたのだった。
「それは信じてるよ。もしベリアルの姿を見られてたら城内が大騒ぎになっているはずだからね。
特に弟のグラドなんて仇討ちでも見つけたかのように騒ぎ立てると思うよ」
「うぅ……嬉しいけどなんか複雑……。いや、間違ってはないんだけど」
サラリと言ったジョルジュにベリアルは少し顔を歪めた。
そのままジョルジュを見つめるとポツリと呟く。
「でも、エリエリ達に参加してもらって正解だったね。
話があんなにサクサク進むなんてさ」
「うん。少し強引だったけどね……」
「その割にはジルジル、楽しそうに頼んでたよね?
『そうか、残念だなー。テオドールみたいな良い人なら絶対に引き受けてくれると思ったんだけどなー』だっけ?」
からかうように声真似して言ったベリアルに今度はジョルジュは肩を落とした。
「それは……あまり突っ込まないでくれると嬉しいかな。
こう、どうしても頼みたい時ってあのような言い方しかできなくて……」
「言われる方からしてみれば地獄ジャン……」
ベリアルの指摘にジョルジュは苦笑するだけだった。
その時、突然ベリアルが立ち上がった。
赤紫色のカールした髪が揺れ、ダークレッドの目は大きく見開かれている。
胸元を抑えて全身がわずかに震えていた。
「う、嘘デショ……」
「ベリアル?どうしたんだい?」
「オーサマの「契約」が書き換えられた……」
「え?」
ジョルジュは素早くベリアルに近づいた。
ベリアルの呼吸は浅くなっていて、まるで恐怖の根源と対峙したかのように顔が青ざめている。
「それって……」
「オーサマ、他の悪魔と「契約」を結んだのよ……。
相手の位はアタシと同格か上。そうじゃないと書き換えられないから。
誰かまではわからないけど……」
「ベリアルは大丈夫なのかい!?父とは「本契約」なんだろう?
強制送還されるとかないよね!?」
珍しく畳み掛けるように話すジョルジュを見てベリアルは一瞬固まった後、わずかに口元を緩めた。
「ジルジル……やっぱ優しいよ、アンタ……。
アタシは大丈夫。ジルジルと「仮契約」結んでるおかげで、強制的に魔界に返されることはないから」
「そっか……よかった……」
「ジルジル……」
ベリアルは改めてジョルジュに感銘を受けた。なにより、自分の心配をしてくれたことが嬉しかった。
しかし、ふとあることに気づくとジョルジュの肩を掴む。
「よくないよっ!!」
ベリアルの不意な怒声と行動にジョルジュは驚いてビクリと体を震わせる。
「オーサマが他の悪魔と「契約」を結んだってことは、何かを準備してるってことだよ!?そうなったらジルジル達、危ないんだよ!?」
「私達も?」
「そう!
エベロスへの復讐が終わったら、今度は王権を取り戻しにこっちに来るはず!
だからジルジル達も危ないの!」
ジョルジュはベリアルを見つめた。ここまでベリアルが言うのなら備えておく必要がある。
小さく息を吐くと、視線を下に落とした。
「テオドールに協力してもらおうかな……」
「え、エリエリに!?あの娘、戦えるの!?」
ベリアルがジョルジュの肩から手を離しながら驚いたように言う。
それもそのはず、先の戦争の時べリアルはラングの側にいたためにエリスの裏人格のこととは知る由もなかった。また最終決戦ては、魔界でアザゼルと対峙していたためエリスとラング王の魔法の攻防戦も知らなかったのだ。
「たぶん。
彼女は守るためなら魔法を使うことは厭わないって言ってたからね。
この町の防御に当たってもらおうと思う」
「あー、それならワンチャンイケるわ。
ボスも居るし大船に乗ったつもりでいいんじゃない?」
「町の守りはね。でもこれはアレキサンドルの問題だからね。
父と対峙するのは私だ」
ジョルジュがそう言い切ったあと室内が静寂に包まれる。
2人は一言も発さなかったが、ジョルジュはそのまま椅子にかけている白いとんがり帽子を手に取る。
その顔は決意に満ちていた。




