第6録 悪魔
「聞き分け良くて助かるッス。納得いかなくて暴れられたらどうしようかと思った」
一定のリズムで空を蹴っている男を不安そうに見ながら
エリスが口を開く。
「あなたはいったい……」
「オレ?タイチョーの部下」
「タイチョー?うっ……また頭……」
再び頭痛が襲い始めたようでエリスが顔を歪めている。
男はその様子を見て大きなため息をつくと目線を下に向けた。
「どっか降りられそうなとこ……あそこでいいか……」
いい場所を見つけたようで、男は着地地点に向けて宙を蹴るスピードを早める。
やがて小さな川が流れる草原に降り立った。周囲に危険がない事を確認するとゆっくりとエリスを降ろす。
表情は歪んだままだ。
「ま、まだ、痛いッ!」
「そりゃそうッスよ。早く出してやって」
「出す?……《アンヴォカシオン》」
頭痛に耐えながらエリスが呪文を唱えると描かれた魔法陣からフードの男が飛び出し真っ先に彼女の肩を掴んだ。
「……ハナシッ……!」
「わ、わかったから、《インカネーション》!」
アレキサンドルの時と同じようにモヤが男を覆い、それが
晴れるとフード下の金色の目が普段よりギラついている。
機嫌が悪いようだ。
「テメェなんのつもりだぁ⁉」
「え、えっと?」
「えっと……じゃねぇ!なに虫ケラに大人しくついてってん
だよ!抵抗して逃げやがれ!」
フード男はそう言いながらエリスを激しく揺さぶった。
それに合わせて彼女の頭と体も大きく揺れる。
「そ、う、言わっれ……て……もっ」
「タイチョー、せめて揺さぶるのやめてあげてくださいよ。上手く喋れてないじゃないスか」
「チッ」
不満そうにしながらもフード男は揺さぶるのをやめた。
エリスが軽く頭を押さえながらフードの男達を見る。
「えっと、2人の関係は?あとタイチョーって?」
「文字通りタイチョーっス。オレの恩人でもある」
そう言いながら男がフードを取った。
濃い青色のボサボサの短髪で、長い前髪が顔の左半分を覆っている。
エリスはフードを取った男――ボサボサ男を見ながら
口を開いた。
「あなたも人じゃなかったのね」
「そうッス。さすがにそれはわかるか」
「うん。この人をタイチョーって呼んでるってことは
悪魔よね?」
横目でフード男を見ながらエリスが言う。
平均以上の魔力を持つ者は手伝い要員として使い魔を喚び
出していることがあった。姿や性格も様々で1度喚び出すと、
召喚者の命が尽きるまでずっと同じ使い魔が出てくる。
その使い魔よりも上の存在が悪魔だ。
悪魔は人間を誑かす存在として信じられて
おり、一般民はともかく魔法使いや聖職者なら必ず学ぶ。
そのため彼らの前で名称を口にすると顔を歪められてしまう。
「なんだ、タイチョーが悪魔ってこと知ってるんスね」
「父に教えてもらったから」
悪魔は存在を良くないとされていながらも対価を払えば願望を叶えてくれるため、私利私欲にまみれた高魔力保持者たちに
ひっそりと召喚されていた。しかし、明確な召喚方法がない
ため、ほとんどがマグレで喚び出している。
また、喚び出すのにも相応の魔力を消費し、成功したとしても「契約」を結べるかどうかわからない。互いの同意で
初めて成立するからだ。
無事に「契約」を結ぶと使い魔と同様、召喚魔法でいつでも喚べるようになり、常に側に置いておくこともできるが、
デメリットとして「契約」している間は使い魔が喚べなく
なる。
「話は変わるけどさっきの魔法、「コントロール魔法」
よね?」
コントロール魔法。平均的な魔法使いなら一応扱うことの
できる、人やモンスターを操る魔法だ。
洗脳、強制動作などいくつか種類があり、よほど耐性がない限り簡単にかかってしまう。しかし、扱いが難しく使用者にも負担がかかるため、ここ数10年で呪文を唱えられる者が
減っている。
エリスの言葉を聞いたボサボサ男は口角を上げた。
「知ってたか」
「ええ。でもあそこまで強力なのは見たことがなくて……」
「あー、だからオレが人ではないと判断する要因にもなったワケか」
「あと、目も」
「目?」
ボサボサ男は指摘された生気のない虚ろな目を少し見開く。
「操られてでもいない限り、そのような目の人なんて
いないから」
「フーン……」
興味深そうにボサボサ男がエリスとの距離を詰める。
すると、フード男が低い声で2人に言った。
「おい、オレ様の事忘れてねぇだろうな⁉」
「忘れてないッス。少し質問に答えてただけじゃないスか」
少し嘲るような笑みを浮かべながら、ボサボサ男は
エリスから距離をとる。
「ならいい。
今回の件だが、まさかオレ様がここまで動きを制限されるとは思っていなかったからな。助かった、部下1号。
はぁ……我ながら面倒な「契約」結んじまったぜ」
フード男が腕を組んで言う。彼はフードを取っていないため表情は読めないものの、先程までの怒りは収まったようだ。
ところが、エリスのある1点を見ると小さくため息をついて
真正面に立った。そのまま枷の上に手をかざす。
「《ロット・マター》」
手から黒い霧が出て膜を包むと膜と枷が腐敗して地面に
ボタボタと落ちた。
フード男は呆れたように鼻を鳴らすと手を退く。
「あ……」
「手まで封じられてたのかよ。情けねぇな」
エリスは目を伏せると顔をそらした。
するとボサボサ男がフード男に声をかける。
「タイチョー、オレ「契約」したって話しか聞いてないッスけど具体的にどんな内容なんスか?」
「そういや話してなかったな。ちょうどいい、
お前も聞いとけ」
フード男はエリスを見ながら言うと口を開いた。