第68録 シーポルトにて
アレキサンドルを後にしたエリスはシーポルトに来ていた。
リヤン大陸に出る船がある港町で、何度か訪れたことがある場所だ。
背後を歩いているベルゼブブはわずかに口元を緩めて、
エリスに声をかけた。
「お、ついに大陸を渡るのか?」
「それもあるけど、用事が……」
エリスはそう言いながらキョロキョロと周りを見ている。
その様子は明らかに誰かを探しており、ベルゼブブは少し眉をひそめた。
「ん?何を……」
「……居た!」
「おいおい、どこ行くんだよ……」
短く呟くとエリスは早足で歩き始める。ベルゼブブが不満そうに後を追った。
エリスが駆け寄ったのは、赤い髪を腰まで伸ばした女性――ミーナだった。
以前エリスが追われている時、彼女はシーポルトについていろいろ案内したあと、船に乗せてくれたのだった。
「あ、あの……」
「わ〜、久しぶりね!元気だった?」
ミーナはエリスのことを覚えていたようで満面の笑みで言う。
そしてすぐに真顔になるとエリスの耳元に口を近づけた。
「やっぱりあなた、テオドールだったのね」
「…………」
「待って待って!警戒しないで!
私からも話したい事があったからさ、ウチに寄ってってよ!」
少し眉をひそめて離れるエリスをミーナは慌てて引き止める。
「……あなたは」
「それも話すから!女子会しよ!女子会!」
ミーナは戸惑うエリスの腕を取って引っ張ってゆく。
彼女の家は通りの一角にあった。エリスに中に入るように促して鍵をかける。
「ごめんね~、突然。あ、鍵をかけたのは防犯上だから気にしないで!
いきなりお客さんが入ってきても困るから!
て、敵じゃ無いって事はわかってもらえたよね?」
「はい……」
「んー、何から話そう?あ、まずあたしの名前か。
あたしはミーナ・フィル。聞いたことある?」
「フィル……生まれつき魔力の高い一家の1つですね」
「そうそう。テオドールとアレキサンドルが出てきてから、そのことを忘れ去られてるけどね。別に気にしてないけど」
ミーナは頬杖をつきながら話を続ける。
「あたしはもともと、この町でいかにも初めて来ましたって人達に声をかけて案内してたの。
手配書とは違ったけど、あなたがテオドールだって事は見た時から薄々思ってたわ。だって魔力が尋常じゃないもの」
「やっぱりわかってたんですね」
「と言っても違和感があったぐらいだけどね。
あの時船に乗りたいって言ったよね?だから、アレキサンドルから離れようとしているのかなって思って、二つ返事で引き受けたの」
「ありがとうございます……。本当に助かりました。いつ追手が来るかもわかりませんでしたし」
「ううん。それにあたし、困ってる人見てると放っておけないの!
まぁ、船のチェックは不安だったけどね。
瞳がオレンジ色の子を何人も見たから、ああ言ったのは本当。私もそうだしね」
ミーナは自分の目を指差して言った。
エリスよりも少し薄いオレンジ色だ。
「でもまさか船長が「年も近い」って言うとは思わなくてね。
疑わないと私まで怪しまれるから、申し訳ないけど同調させてもらったわ。
ってあら、今回は連れが違うのね」
ミーナがエリスの後ろに居るベルゼブブを見る。
「使い魔かしら?」
「……そう思うなら思っとけ」
「え、もしかして違う⁉なら何⁉教えて⁉」
ベルゼブブは目を輝かせながら近づいてくるミーナを軽くあしらうと、
ため息を吐いた。
ミーナが残念そうに肩をすくめる。
「え〜、ノリ悪〜い」
「そう簡単に馴れ合ってたまるか。席につけ」
「は~い」
あまり反省の見られない声でミーナは渋々席に戻った。
エリスはそのタイミングで声をかける。
「でも、どうして初対面の私を……」
「憧れかな。テオドールって聞いた事はあるけど会った事がなくて。
だから掲示版に手配書が出た時はビックリしたわ。本当に居たんだって。
でも実際にあなたを見て、助けなきゃいけないって思ったの。だってまだ10代でしょ?荷が重過ぎるわ」
「………………………………」
「あなた以外にテオドールっていないの……よね。
いたら大騒ぎになってるもんね」
エリスは小さく頷いた。
室内が何とも言えないしんみりとした空気になり、ミーナは焦ったように話を続ける。
「大きな戦争はあったけど、少なくともあなたが髪を染める必要のないぐらい平和にはなったってことね」
「髪を染めていないのはこのままがいいと思ったからです。
当然狙われる機会も増えますが……追い払えばいいので……」
「追い払うんだ……」
ミーナは呆れたように苦笑した。
そんな彼女に向かってエリスは頭を下げる。
「ミーナさんにも迷惑かけて、すみませんでした」
「え、私?」
「瞳がオレンジ色ですので……」
ミーナは一瞬固まった後ニッコリと笑う。
「私は大丈夫。だってこの町の人達の記憶、改竄しちゃったから」
「改竄⁉」
「ほぉ……」
エリスの驚いた声を聞きながら、ベルゼブブが興味深そうに眉を上げた。
「うん。何年も前の話だけどね。私がここに来た時はまだフィル家も有名でちょっと危なかったからさ。
みんなが寝静まった深夜に魔法使ったの。
「ミーナはパッカツからきた一般民」だって」
「ア、アレキサンドルから騎士は来なかったのですか?」
「ぜーんぜん。そもそもシーポルトに魔力感知の魔具なんて置かれてないよ。定期的に巡回には来るけど。
大陸間を繋ぐ重要な町なのにね」
「あくまでアレキサンドルに重点を置いているんですね。
ところで、記憶改竄魔法は高難易度ですよね?体に負担は……?」
「うん!その後5日は魔力消費で動けなかったわ。
ベッドから起き上がれなくて大変でね〜」
笑いながら話すミーナを見て、エリスは開いた口が塞がらなった。
それと同時に、明るく話せる彼女に尊敬の念を抱く。
するとミーナが思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうだっ!せっかくだから地下室見ていってよ!」
「地下室?」
「うん!
薬を作ってるんだけど、なかなか人には見せられないからさ〜。でもあなたなら大丈夫だと思って!」
そう言いながらミーナは部屋の隅にある隠し階段を開けて先に降りると、
戸惑っているエリス達にを促す。
4畳の狭い部屋だったが、3方面に備え付けられた棚には保存瓶や薬草、
モンスターから取ったと思われる不気味な素材が雑に置かれていた。
「魔法を使うのはやめようとは思ってるんだけどね。
でも薬作りはやめられなくて。やっぱ血筋かな〜。
時々無性に薬作りたくなっちゃうんだ〜」
「具体的になどのような効能を?」
「毒とか麻痺とか、あと筋力・魔力低下剤」
「は、はぁ……」
「いや、ここで作るだけだよ⁉誰にも渡してないから!」
エリス達から呆れ顔で見られて、ミーナは慌てて弁解した。
ミーナの初登場回は19録です。




