第66録 アザゼルとレイン
再びアレキサンドルに戻ってきたエリス達は、エベロス家の部屋を訪ねていた。
ドアの音に振り返ったレインの顔は驚きに満ちている。
「早くないか!?」
「たまたま会うことができたので……」
「私も驚いたよ。
それはそうと父上の姿が見えないが、どこに行かれたんだ?」
続いて入ってきたアンナに尋ねられて、レインは小さくため息をついた。
「父上なら、城内を散歩してくるといって出ていってしまった。
一応ジョルジュ殿の許可も貰ってるし、大丈夫だろ――むっ!?」
レインは言いかけてエリスの後ろにいるベルゼブブ――ではなく、
最後に入ってきたアザゼルに鋭い視線を向けた。
アザゼルはレインに睨まれていることに気づいても、表情を崩さない。
場に良くない空気が流れ出したのを感じ取ったエリスは、オズオズと口を開く。
「じゃあ、私達は失礼しますね。居ても迷惑でしょうし……」
「ああ。オレはこの後自由にさせてもらうんで……。
じゃーな、おふたりさん」
「礼を言う、テオドール……」
エリス達が部屋を出ていくと、レインはアザゼルに向き直った。
まるで仇にでも会ったかのように緑色の目を鋭くさせている。
「そう殺気立たれると挨拶もできないじゃないスか。
はじめまして、エベロスのお兄さん。
訳あってオレの名前は伏せさせてもらうッス」
「はじめまして……だな。
それで!アンナの呪いは治るのか⁉」
「結論から言うと治せる」
「なら今すぐにでも取り掛かってくれ!」
今にも掴みかかりそうな勢いで迫るレインを、アザゼルは呆れたように見ている。さらにその2人をアンナが不安そうに眺めていた。
「落ち着きな、お兄さん。治せるのは確かだが、準備も含めて3日4日かかるんスよ」
「そんなにかかるのか⁉」
「時間をかけたくないのであれば、今からお嬢さんと一緒に城下町を1周してきたらどうスか?
呪いを治せるヤツが居れば治してもらうといい。……居ればの話ッスけどね。
あ、その間オレはここで待ってるんで――」
「アレキサンドルは最も人が集まりやすいと聞いている。
高位のプリーストやセージが2,3人は居るだろう!
行くぞ!アンナ!」
「あ、ああ。わかった……」
部屋を出ていくレインをアンナが心配そうに追う。
その様子をアザゼルは壁に寄りかかりながら面白そうに見つめていた。
数時間後、レインとアンナが帰って来た。
2人とも顔をしかめている事から良い結果は得られなかったのは明白だった。
アザゼルが妖しい笑みを浮かべる。
「オカエリナサイ。
その様子だとダメだったみたいッスね?」
「ああ。皆、初めて見るの一点張りだった。もしかしたらと何人か呪文はかけてくれたんだが、効果無しだ」
口を閉ざしているレインの代わりにアンナが答えた。
「……これは何の呪いなんだ?プリースト達すら知らない呪いがあるのか?」
「あるからお嬢さんがかかってるんでしょーよ。
さて、これでオレが治療する事は確定でいいッスね?」
「……不本意だが仕方がないな……」
そう言って深いため息を吐いたレインを見てアザゼルが目を細める。
「お兄さんは何が気に入らないんスか?」
「それはもちろんアンナの身の安全だ!
お前の事がよくわからない以上、警戒するのは当然だろう⁉」
「兄上……町を周っている時にも話したが、この人は危険じゃない。
騙して命を取るなんて事はしない筈だ」
「ぐ、……信じたいが」
アンナに諭されてレインの勢いが弱まる。
しかしまだ納得はしていないらしく、不安な表情でアザゼルを警戒している。
ボサボサ男はため息を吐くと一気にレインの耳元に顔を近づけた。
「そこまで言うんならお兄さん、お嬢さんの心配なんかできないぐらい別の事考えさせてやろうか?」
「バッ⁉いきなり、な、何を言い出すんだッ⁉」
顔を赤くするレインを面白そうに見ながらアザゼルが言葉を続ける。
「オレまだ具体的な事は言ってないスよ?
そんなに焦って、どうしたんスか?」
「ど、どうもしてないッ‼
と、とにかくアンナの治療は頼んだぞ!」
「ククク、承諾どうも。思ったより早く折れたッスね」
アザゼルはそう言うとレインから距離をとって
アンナに目を向ける。
「いったい何を……?あの兄上が……」
「まぁ、ちょっとした囁きッス」
「待て!アンナの治療、俺の目の前で行え!」
「……つまり、エベロスに足を運べと?」
「そうだ!」
ハッキリとした口調でレインが答える。まだ完全には折れていなかったようだ。アザゼルはめんどくさそうに頭を掻くと小さく息をついた。
「幸い、素材なら常温で保存できる物だけなんで
ダイジョーブッスけど」
「なら、問題ないな!」
「お兄さんに治療する所を見てもらうは良いけど、条件として拘束させてもらうッスよ。
斬りかかってこられちゃたまらないんでね」
「剣は持ち込まない!」
「殴りかかって来られても困る。何にせよ拘束はさせてもらうッス」
「ぐっ……」
唇を噛みしめるレインに
「ぜ、絶対に治るんだな⁉」
「ああ。保証する。オレが同じ状態になったんでねぇ。どの辺りだったか……」
そう呟きながらアザゼルは右側のローブの袖を捲った。すり傷1つない褐色の肌があらわになる。
アンナがそうに眺めながら口を開いた。
「同じ状態、と言う事は……」
「昔、アザの原因とケンカしたんスよ。どうにか呪いの効果を聞き出して、試行錯誤しながら解呪薬作った。
ただ、時間かかり過ぎて完成間近には起き上がれなくなったッスけど」
アザゼルの言葉をアンナとレインはなんともいえない表情で聞いていた。
少しの沈黙の後、レインがアザゼルの目をしっかりと見る。
その目は決意に満ちていた。
「……い、妹を、頼んだぞ!」
「ああ」
レインの言葉にアザゼルはどこか満足そうに頷いた。




