第63録 協議会
翌日。
陽が高い位置にある時間。
会議室にある協議会用の長テーブル。10人程が座れるそれにエリスとジョルジュは斜向かいに座って待機していた。エリスの背後の壁にはベルゼブブもつまらなそうに腕を組んで佇んでいる。
すると2回のノックの後、扉が開けられエベロス家が入ってきた。
「エリスじゃないか⁉しばらくぶりだな!」
「お久しぶりです、アンナさん。お元気そうで何より」
アンナは緑色を目を輝かせてエリスに駆け寄ると右手を差し出した。
握手を求められていると察したエリスは、恥ずかしそうにしながらも応じる。
アンナは満足そうに頷いて、小さく首を傾げた。
「でも何でここに居るんだ?」
「いろいろあって成り行きで……」
「そうか!うん、今回は期待できそうだな!」
「期待ですか……」
不安そうに眉を下げるエリスに、アンナと同じ紫髪の青年が声をかける。
「君がテオドールか?俺はレイン・エベロスだ。
決戦ではアンナが世話になったようだな。助かったぞ」
「いえ、こちらこそ助かりました。
初めまして、レイン様。私はエリス・テオドールと申します」
「あ、いや、そんなに畏まらなくて大丈夫だ。堅苦しいのは苦手でな。
だからさっきアンナと話してた時みたいで良い――むッ」
レインは言っている途中で目を見開くと、壁に寄りかかっているベルゼブブの真正面に立った。
「君、テオドールの連れか?」
「まぁ、そんなモンだ。よろしく頼む」
「ああ。こちらこそ。
それより、アンナに何もしてないだろうなッ⁉」
「してねぇよ。初対面で何聞いてんだ」
「あ、始まった……」
アンナが呆れたよう肩をすくめた。それ見たエリスは首を傾げる。
「始まった、とは?」
「その、兄上は、過保護なんだ。
だから、あんな感じでジョルジュ殿を警戒して話が進まなくて……」
「お2人だけで……あれ、皇帝様はどちらに?」
「ここでーす……」
「ウヘッ⁉」
背後から声がしたためエリスは飛び上がった。
ゆっくり振り返ると、紫色に少し白髪の混じったふくよかな男が小さく手を挙げている。
彼こそエベロス帝国の皇帝、マティス・エベロスだった。
エリスはすばやく頭を下げる。
「も、申し訳ざいませんでした!」
「気にしなくて大丈夫大丈夫。
いやー、ワシ影が薄いから初対面はだいたいこんな感じ。
あ、アンナやレインの時みたいに話しかけてもらって大丈夫だからね。
……改めて初めまして、テオドール殿。マティス・エベロスです」
「は、初めまして。エリス・テオドールです。よろしくお願い致します……」
「うんうん、よろしくねー。
テオドールって聞いてたから気性荒いかと思ってたけど、温厚そうで良かったよ」
「は、はぁ……」
とても皇帝とは思えない態度ににエリスは戸惑っている。
すると、ベルゼブブを睨んでいたレインがバッと振り返った。
「そんなんだから監禁されたんだよ‼」
「それ言われると何も返せないけど、睡眠薬盛った向こうにも問題あると思うー」
「この通りとても頼りないけど、部下や国民はホッとしているみたいなんだ。母上は厳しすぎたし……。
両極端だとは思ってるんだが……」
「さて、再会を喜んでいるところ申し訳ないですが、
そろそろ協議を始めましょうか」
静かに言ったジョルジュに促されて、エリス達は席についた。
その瞬間、空気がピリピリと張り詰める。
「以前から申し上げている通り、決戦のきっかけについて……」
そこまで言いかけてジョルジュが気まずそうに口を閉ざした。
レインがの鬼のような形相で睨みつけていたからだ。
「兄上!協議中だぞ!
それに距離だって離れているじゃないか!」
すかさずアンナが注意する。
「魔法を使って瞬間移動してきたらどうするんだ⁉」
「ワープ魔法はないのでご安心ください」
「そうなのか?だ、だが……」
エリスが仲介に入ったことでレインは少し落ち着いたが、まだ不満そうに口を曲げている。
エリスは呆れたように目を細めると、背後にいるベルゼブブに小声で話しかけた。
「……レインさんを部屋の外に出してもらえる?」
「ちっ、仕方がねぇ。話が進みそうにねぇしな」
ベルゼブブはため息をつきながらレインの側に行くと、
無言で担ぎ上げた。
「な、何をする⁉下ろせッ!」
「過保護なヤツには退場してもらうぜ」
暴れるレインを物ともせずに、ベルゼブブはそのまま部屋を出て行った。
「あの人、力持ちだねー。レインが暴れてるのにビクともしてない」
「あ、ああ。すごいな……」
アンナはベルゼブブが悪魔だという事を知っているが、マティスは知らない。エベロス帝国は悪魔等に関することは縁が薄いからだ。
アンナは気を遣って知らないフリをしたようだ。
ジョルジュは安心したように大きく息を吐くと、全員を見回した。
「ふぅ……。えっと、話を戻しても?」
「うん。決戦のきっかけについてだったね。
ワシもよくわからないのよ。監禁されてたから」
「おそらく我々アレキサンドル側から仕掛けたのだとは思います。
と言うのも、数年前に今は亡きメリア王妃が国内で暗殺されてしまいまして……」
「なんだって⁉」
思わずアンナが椅子から立ち上がる。隣でマティスも大きく目を見開いた。
そして少し顔を赤くしながら座り直した。
「すまない……続けてくれ」
「それで犯人を取り逃がしたのですが、側にエベロスの紋章が入った記章が落ちていまして。
父はエベロスの仕業だと信じて疑わず……」
「ああ、だからアレキサンドルの者がエベロスの町でいきなり魔法を使ったのね。王の命令だったのかな?」
「おそらくな。
つまり、ジョルジュ殿はそれがきっかけだと考えておられるのだな?」
アンナの発言にジョルジュは神妙な顔で頷く。
「はい。ですが私はあなた方がやったとは考えられないのです。
父に不満を持つ身内の行為かと……」
「うん、エベロスは巻き込まれただけだね。
多分妻――リーザでもそんな事はしないはず。
エベロス家は正々堂々の勝負を好むから」
マティスの言葉を聞いたジョルジュは目を伏せた。
「そう、ですよね……。
申し訳ございません。こちらの一方的な思い込みで、多大なる被害を出してしまい……」
「いや、ジョルジュ殿が謝ることじゃないよ。
それに……ワシはラング王を責めるのも違うと思うんだ」
意外な発言にマティス以外の全員が目を丸くする。
ジョルジュはマティスの様子を伺いながら口を開いた。
「父も……責めないとは……?」
「確かに、戦争のきっかけはラング王の命令だったかもしれない。
でもね、伴侶を喪って気が気じゃない状態で側に他国の記章が落ちてた、
なんてわかっちゃったら誰だってその国がやったって思うでしょ?
たぶんワシが同じことされてもそう思うよ」
言葉遣いを差し置いても、真っ当な言い分にジョルジュ達は口を閉ざした。
長い沈黙の後、ジョルジュが肩を震わせながら話し出す。
「本当に申し訳ございません……。
過去の記録を遡って、こちらの方で調査をしてみますので……」
「そうね、調査はお願いしたいな。まだ誤解している人たちもいるだろうから解かなきゃね。
ワシ等の方でも記録を遡ってみるね。本当にエベロスがやった可能性も残されてるから」
「………………」
ジョルジュはマティスに頭が上がらなかった。
復帰して数ヶ月、さらに一方的に巻き込まれただけなのに、発端である国の自分に非難を浴びせるどころか、寄り添い手を差し伸べてくれている。
「それにしても、ジョルジュ殿も大変だね。
代理で国を纏めなきゃならなくて、難しい問題にも立ち向かって。本当、スゴイよ。
ワシだったら泣いちゃう」
「父上……言葉遣い……」
アンナの静かな指摘にマティスは頬をかいた。




