第62録 それぞれの思惑
赤い絨毯が敷かれたホコリ一つない廊下を歩きながら、エリスはジョルジュに声をかけた。
「先程から思っていたのですが、付き人は居ないのですか?」
エリスは少し眉をひそめて尋ねた。仮とはいえ王なのだから単独の行動は危険なはずだと思ったのだろう。
ジョルジュは足を止めて振り向くと困ったように眉を下げて話し始めた。
「ああ。申し出はあったんだけどね、断ったんだ。
私の為に時間を使わせるのは申し訳なかったから」
「私がいきなり襲いかかったらどうするつもりですか?」
「んー、テオドールはそんな事するような人じゃないだろう?」
「仰ると通り、やるつもり気はありませんが……」
真正面から言われ、エリスは肩を竦める。
と同時にジョルジュに試すような発言をしたことを申し訳なく思った。
「それに私が襲われたとしてもすぐに誰か来るよ。
騎士なり魔法使いなり、ね。
あれ?そう言えば……」
ジョルジュが何かを思い出したように呟いてエリスの後ろを見た。
エリスもつられて振り返るが、誰もいない。
「どこに行ったんだい?」
「さぁ……まだ話しているのかもしれませんね」
2人が話しているのはベルゼブブ達についてだった。
悪魔の存在はあまり知られていないため、名前を出すのを控えているようだ。
「まあ、用事があるわけじゃないからいいか……。
それと気になっていたけど、髪を染めていないんだね?」
「はい。この方が落ち着くというか……」
「髪と目が両方オレンジ色はテオドール以外にいないんじゃなかった?
冒険者の勧誘とか増えてないかい?」
髪色は花などで染めることができる。
エリスも以前はそうしており、素性を隠すのに一役買った。
しかし、目の色は魔法でも使わない限り変えられない。
「相棒が睨みを利かせてるので今の所は大丈夫です。
心配してくださってありがとうございます」
「心配……そうなのかもね。さ、着いたよ」
そう言って立ち止まったジョルジュの目の前には大きなドア。
人が一気に5人押しかけても余裕のある大きさだ。
エリスは呆気にとられながらも口を開く。
「……ここは?」
「客室だよ。いろいろな人が訪ねてくるからね。
広い造りになっているんだ」
「もう少し小さい部屋だと助かるのですが」
「全部こんな感じだから、これよりも小さい部屋はないかな」
キッパリと言い切ったジョルジュにエリスは肩をおとす。
「そうですか……」
「さて、じゃあ私は戻るよ。何かあったら部屋にあるベルを鳴らしてね。
誰か飛んてくると思うから」
「ど、どうも……」
エリスはジョルジュを見送った後もしばらく立ち尽くしていた。
「宿屋よりも広いなんて……。あまり散らかさないようにしなきゃ」
一方、ベルゼブブは地下――魔界にいた。不機嫌そうな表情と、隣にベリアルもいる事からどうやら連れてこられたようだ。
悪魔は「契約」を結んでいれば地上と地下を自由に行き来出来るようになる。その特性を利用した。
「なんでわざわざ移動したんだよ……」
「だってアタシの存在はジルジルしか知らないからさ。
ボス一人なのに話し声がしたら気味悪いジャン」
「そりゃそうだが………で、話ってなんだよ?」
「あ、そうそう。あの戦いが終わってアタシ、ゼルゼルに連れ戻されたジャン?その時に大ボスにあったのよね〜」
あの戦いとは、アレキサンドルとエベロスの決戦の事だ。
大ボスという言葉を聞いたベルゼブブの顔が引きつる。
「何?サタンに会ったのか?」
「会ったっていうかゼルゼルと話してたら来たの。
相変わらずってカンジだった」
「何か言ってたか?」
「いや〜?特には」
ベリアルの言葉を聞いてベルゼブブは安心したように息を吐いた。
「そうか。だが、なんで――」
「アタシはともかくゼルゼルが争ってるのは珍しいからって、他の悪魔から報告があったみたい」
「…………警戒しとくか」
「何で⁉大ボスってボスの敵だったっけ?」
「いや。だが何をしてくるかわからねぇからな。
あと、1個教えろ」
「何さー?」
「お前まだあの老いぼれと「契約」続いてんのか?」
不貞腐れてほ頬を膨らませていたベリアルが固まる。
「……あ、うん。一応は。ジルジルが「仮契約」。
オーサマまだ生きてるし、勝手に「契約破棄」できないし。
っていうかボスが相手を生かしたなんて珍しージャン」
「……エベロスから頼まれんだよ。「聞きたいことがあるから殺すな」ってな。
忠告サンキュー。じゃあな」
ベルゼブブはそう言うと地上に戻って行く。
「大ボスを警戒し過ぎジャナイ?
そんなに仲悪かったっけ?」
ベリアルは上を見ながら何度か首をひねった。




