第60録 ジョルジュの頼み
強制的にアレキサンドルに連れてこられたエリスは暗い顔で門に佇んでいた。逃げないように背後にはベルゼブブがしっかりと張り付いている。
「ヒドい……」
「さぁ、もうこれで後戻りはできねぇな!」
「はぁ……忘れ物だけ取って帰る」
エリスは諦めた様子で、奥の方に建っている城に向けて歩き出した。
露天が立ち並ぶ通りでは、すれ違う人々がエリスを珍しいものを見るかのような目で追う。中には連れとヒソヒソ話す者もいた。
しかし彼女に話しかける勇気はないようで、後ろ髪を引かれるようにして去って行く。
それもそのはず、エリスの髪色と瞳がオレンジ色だったからだ。
それらがテオドールの特徴である事を人々は知っているらしい。
以前は素性を隠すために髪を染めていたのだが、決戦の時に元の色に戻されてから染め直していなかった。
しかし、人々が声をかけないのはもう1つの理由があった。
それはベルゼブブが鋭い殺気を放ちながら周りを睨みつけていたからだ。
エリスはそれに気づいているようで少し呆れた様子で歩いて、やがて城門に辿り着いた。
立っている門番の騎士に話しかける。
「突然の訪問申し訳ございません。テオドールです。
忘れ物を取りに――」
「おぉ⁉ちょうど良かった!君を探していた所だったんだ!
さあ、王がお待ちかねだ!ついてきたまえ!」
「え?」
半狂乱になって喜ぶ騎士。
半ば強引に連れて行かれるエリスの後を、ベルゼブブは眉をひそめて追いかける。
「ちょうど良かった?何がどうなってやがる?」
エリス達はすぐに王の間に通された。よほど大事な用があるようだ。
騎士は敬礼をすると口を開いた。
「王!テオドールが参りました!」
王代理のジョルジュ・アレキサンドルが王座から立ち上がる。
決戦で前王ラング・アレキサンドルが所在不明となったため、彼が代わりに都市を統治しているのだった。
「うん、ありがとう。お疲れ様。戻っていいよ」
「承知致しました!失礼します!」
騎士が部屋を出たのを確認するとジョルジュがエリスに向き直った。
室内でも白いとんがり帽子を被っている。
「やあ、久しぶりだね。テオドール」
「ご無沙汰しております……お変わりないようで何よりです」
エリスは困り顔で挨拶を返すと、ジョルジュも少し眉を下げて口を開いた。
「ああ、そんなに畏まらないでくれると助かるな。
私は「代理」だから、正式に王になった訳ではないんだ」
「いずれは王になるのでしょう?」
「その予定だけどね……。
と、とにかくまだ今まで通りでいてくれると助かるな」
ベルゼブブが少しジョルジュを睨みながら口を開く。
「そういやさっき騎士がちょうど良かったって言ってたが、コイツを探してたのか?」
「うん。君は……ベルゼブブだね?」
一瞬目を見開いたあと、ベルゼブブはジョルジュをさらに睨んだ。
「ベリアルから聞いたか……」
「あー、うん。聞いたね。
まず、アレキサンドル家が悪魔と「契約」してる事に驚いたんだけど……」
「仕方ないジャン。王になった者にしか言うなって言われてるんだからさー」
突然高い女の声が聞こえたかと思うとジョルジュの隣に赤髪の女が姿を現した。
彼女はベリアル。ベルゼブブと同じ悪魔でアレキサンドル家と「契約」を結んでいる。
「私はまだ王ではないんだけどね」
「だってさ〜、前のオーサマはどこいったかわかんないし、かと言って「契約破棄」するワケにもいかないジャン?
だったら代理でもイイからジルジルに教えとこーと思ったの」
ベリアルの言葉を聞きながら、エリスはなんとも言えない表情でジョルジュを見る。
「ジルジル……って」
「……私のことらしい。恥ずかしいんだけど、そう呼びたいって聞かなくて」
「で、オレ様の事聞きやがったのか?」
「うん。悪魔だって事はわかってたんだけど、誰なのか知りたかったからね。……まさかベルゼブブとは思ってなかったよ」
「ケッ。口軽いな、ベリアル」
「あ〜、名前ぐらいならイイかな〜って――ゴメン!ボス!」
怒りの形相で詰め寄ってくるベルゼブブを手で止まるように制しながらベリアルが後退する。
「テメェまさかベラベラ言いふらしてないだろうな⁉」
「言ってない!言ってない!ジルジルだけ!」
まるで芝居のようなやり取りをしている2人を横目で見ながら、ジョルジュがエリスに声をかける。
「それで、テオドールも何か用があるんだよね?」
「忘れ物を取りに来ました。私のローブと道具があるはずです」
「ああ。それなら大事に保管しているよ。
私も忘れててね。ちょうどよかった」
「返していただけますか?」
ジョルジュは少し目を泳がせてから唸った。
「……申し訳ないけど頼みがあるんだ。
それが終わったら返そう」
「頼み、ですか?」
「うん。……アレキサンドルとエベロスの協議に参加してほしいんだ」




