第59録 ようやく気づいた忘れ物
アンスタン大陸北に位置するインボヘ村。
そこを出たエリス・テオドールは頭を抱えていた。
隣に立っている黒いローブフードを被った男――ベルゼブブが声をかける。
「どうした?」
「わ、忘れ物思い出した……」
「フン、お前らしくねぇな。今の村にか?何を忘れたんだよ?」
2人は何気なく会話をしているが、名前からもわかる通りベルゼブブは悪魔だ。
一見、人と変わらないがその魔力は強大で、本気を出せば大陸を滅ぼすのではないかと言われている。
彼は今は亡きエリスの父親によって喚び出され、エリスの生涯を見守ってほしいと「契約」を結んでいるのだった。
「アレキサンドルにローブと道具を……」
「あぁ……。そういやお前1回捕まったんだったな」
アレキサンドルとエベロスの決戦から1ヵ月が過ぎようとしていた。
その時にエリスはアレキサンドルに捕まり操られ、少しではあるがアレキサンドル側として戦いに参加したのだった。
彼女が今着ている白いローブも、戦いの時から身につけているものだ。
エリスの生家、テオドールはオレンジ色の髪と瞳、生まれつき高い魔力という特徴を持っている。魔法が優遇されるこの世界では、通常の冒険者どころか一国が専属に欲しがるほどの存在だった。
一方で魔力を独占しようとする者も現れ、逃れるためにある者は自害し、ある者は捕まり魔力酷使で死亡した。
そのためテオドール家は滅亡の危機にあるのだった。
「すっかり忘れてた……」
「そんなに悩むほど後ろめたい事でもあるのか?
もうアレキサンドルがお前を追いかける理由なんてねぇだろ?」
「そうなんだけど……」
先の決戦が終わり、2国の王も変わった。
2人とも温厚な性格のため大陸には平穏が訪れている。
「なら、とっとと行こうぜ」
「で、でも……」
「あー!じれってぇな!
なんかあったら追い払えばいいだろうが!」
ベルゼブブはエリスを小脇に抱えると歩き出した。
「ちょ⁉……《雷撃》‼」
エリスの手が光を帯びたと思った次の瞬間、眩い雷がベルゼブブに向かってほとばしった。
「おっ!?」
ベルゼブブはローブをひるがえしながら身をかわし、その勢いでエリスをひょいと放り上げた。
エリスはどうにか受け身を取って着地する。
「フン、いっちょ前に魔法使うようになりやがって」
「普段から魔法使うように言ったのはあなたでしょう⁉」
エリスは普段から魔法を使おうとしない。
そのため、決戦の時に急激に消費してしまい、体に異変が出たのだった。
決戦が終わってからは、呪文を唱えて解除するという、簡単な動作を毎日するようにしていた。
「言ったが、オレ様に使えとは言ってねぇよ!
《魔法防御》‼」
ベルゼブブが呪文を唱えると彼を薄い黄色の膜が包み込んだ。そしてもう1度エリスを抱える。
なんとしてでも連れて行くらしい。
「《雷撃》‼……効かない⁉」
「そのためのバリアだからな。諦めな!」
バリアはものともせず、陽を受けて淡い黄色に光っている。
ベルゼブブはエリスに向かって勝ち誇った表情をすると再び歩き出した。