第56録 決着
「チッ、やっぱそう簡単には辿り着かねぇか」
ベルゼブブは自分に向かってくる触手を避けたり、魔法で破壊したりしながら進んでいた。
ようやく目的にた辿り着く。触手の殆どはアンナに向かっているものの、数十本はラング王を守るようにまとわりついていた。
「……これを剥がして生け捕りか。本っ当にめんどくせぇ」
呟くとジロリと触手を観察した。
船のマストのような太さが常にウネウネと蛇のように動いていて、範囲に入ればすぐに襲いかかってくるだろう。
「部下1号だったら、目をギラギラさせて喜びそうだな。
よし、触手ごと貫通させるか」
ベルゼブブは目を閉じると、複雑な呪文を唱えだす。
徐々に彼の周りが黒いオーラに覆われ始めた。
「くっ、キリがない!」
アンナは触手を切り裂きながら呟いた。
隣でエリスも必死に火魔法を放ち、それらを炭にしているが、一向に収まる気配がない。
「まだなの……?」
エリスは歯を食いしばりながらも応戦する。
額には汗が浮かび、そろそろ限界の色が見えていた。
「どうなってるんだ、これは!?ベリアルとかいうのを倒せば終わりじゃないのか!?」
「私は、あの人が命を奪うとは思っていません。
もし彼等の決着がついていたとしても、ベリアルは生きているでしょうね」
「くっ……。なら、テオドールの相棒にかかっているようなものか。
私もあとどれぐらい持つか……」
アンナは愛剣に目を向ける。太い触手を斬り続けたせいで、刃こぼれしていた。
その背後に触手が迫っている。
「《炎熱領域》!!」
エリスの両手から放たれた炎の渦が回転しながら、触手にぶつかる。
触手は炭になって地に落ちた。
「す、すまない、テオドール。のんきに話してる場合じゃなかった」
「い、いいえっ。それより、どうにかしないとっ!」
エリスは魔法を継続させ、周辺に炎の障壁を造った。
それらは赤やオレンジに揺れながら、触手の猛攻を受け止めている。
「テオドール、無茶はしないでくれよ!?」
「そうも、言ってられません……」
エリスは炎を隙間から見える触手を睨みつけている。
ところが次の瞬間、一斉に消滅した。
「お、おのれぇッ……!」
僅かに自我を取り戻したラング王の脇腹に、赤黒いオーラを纏った槍が突き刺さっていた。
背後にベルゼブブが立っており、挑発するようにラング王を眺めている。
「テメェの負けだ。諦めろ」
そう言うと持っている槍をさらに深く突き刺す。
そこから血が流れ出し、ラング王からうめき声が漏れた。
「がぁッ!」
「おいおい、辛そうな声上げてんじゃねぇよ。
腹抉っただけだろうが」
「き、貴様ぁッ‼」
ラング王はベルゼブブを睨みながら触手をとばす。
しかしベルゼブブに届く直前にそれが消えた。ラング王が力尽き、うつ伏せに倒れたからだ。
ベルゼブブは笑いを吐き捨てると、王を抱えてエリス達の元に向かう。
その姿を見て、アンナが目を見開いた。
「やってくれたんだな……」
「ああ。安心しろ、気絶してるだけだ」
ベルゼブブがラング王を地面に放り出しながら答える。
それを見てエリスは大きく息を吐いた。ちゃんと約束を守ってくれたことに安堵しているようだった。
「お前が気を引いてくれて助かったぜ」
「引いたつもりはないんだがな。一方的だったし……」
「そうかよ」
ベルゼブブが僅かに笑みを浮かべた直後だった。
「ゴホッ……!?」
突然エリスが咳き込み、少量の血を吐き出す。
「テオドール!?」
すかさずアンナが駆け寄り、肩を抱いた。
ベルゼブブは小さく肩を竦めると、うずくまっているエリスの側に行く。
彼女の顔は真っ青になっていた。
「魔法、使いすぎただろ」
「……ゲホッ、……ごめん……」
「テオドールは、持病でもあるのか?」
「いや、魔力の使い過ぎだ。まぁ、今回の量なら普通のヤツでも寝込むか、コイツみたいなるか、運が悪けりゃ死ぬかだな。
だが、処置を急がねぇとマズい」
ベルゼブブの言葉にアンナは眉をひそめた。
エリスはここまで来るのに、薬で調整して無理やり魔力を上げていた。
それが尽きかけているということは、相当体に負担がかかっている。
「ど、どうしたらいい?私達の陣営までは遠いし、かといってアレキサンドルが受けてくれるとは――」
「タイチョー、こっちは終わったッスよ」
その時、近くの岩陰からアザゼルがベリアルを担いで近づいてくる。
ベリアルは逃げられないように体全体を黒い膜に覆われていた。
「いーーやーー!!下ーーろーーしーーてーー!!」
さすがに担がれている姿を見られるのは恥ずかしいようで、顔を真っ赤にしながら叫んでいる。
「嫌っス、よ‼」
アザゼルはそう言うと同時に、ベリアルを地面に叩きつけた。
地面にヒビが入るほどの衝撃だが、ベリアルは黒い膜のおかげかダメージはなさそうだ。
しかし、衝撃はしっかり伝わったようでそのまま伏せている。
ところが顔だけ上げると、涙目で叫んだ
「いったぁ⁉いきなり何すんのよ⁉」
「耳元で爆音出すのカンベンって言ったっスよね?ちゃんと忠告はした。
そっちも終わったみたいッスね」
横たわっているラング王を見ながらアザゼルが言う。
「ああ……なんとかな。それより、コイツをなんとかしろ」
アザゼルはベルゼブブの指さした方向を見て、目を細めた。
そして小さく舌打ちをするとエリスの側に移動して膝をつく。
「魔法連発したな?」
「……つ、つい……」
「《応急処置》……」
直後、エリスを緑色の霧が包み込み、体に染み込むように吸収されてゆく。
霧が晴れたときには、彼女の顔から青みはとれていた。
「ありがとう……」
「応急処置ッス。完全に治ったら、覚悟しとけよ?」
ニヤリと笑いながら言うアザゼルにエリスは体を震わせる。
アンナはホッとした様子で深呼吸をした。
「さて、ひとまずラング王を――居ない!?」
ラング王の姿が忽然と消えていた。
ベルゼブブはため息をつくと、問い詰めるようにベリアルに近づく。
「お前、何かしただろ?」
「べ、別にー、ナーンモしてないよ?」
明らかに顔をそらして言うベリアルを見て、ベルゼブブは再びため息を吐いた。そして、エリスの側にいるアザゼルに声を掛ける。
「部下1号ー、吐かせろ」
「イェッサー」
すかさずアザゼルが移動してベリアルに関節技をかける。
ダメージを和らげる膜の効果がアザゼルに対しては効果が無いようで、
ベリアルからミシミシと骨が軋む音がする。
「痛たただだッ⁉ギブギブギブ!言う!言うからッ!」
「チッ、降参早過ぎッスよ」
アザゼルが呆れながら身を引くと、ベリアルは大きく息を吐いて話し出す。
「アタシが魔法使ったのよ……」
「ワープか?だが……」
ベルゼブブが呟く。空や水上を移動する魔法はあっても、誰かをどこかに飛ばす魔法なんて存在しないと考えられているからだ。
ベリアルは少し誇らしげに口角を上げる。
「悪魔だけ使えるワープ魔法があるんだよ。相当魔力使うし、どこに飛ぶかわからないけどね。
知らない町かもしれないしモンスターの群れのど真ん中かもしれない。
知らなかった?」
「初耳だ。しかし余計な事しやがって」
「仕方ないデショ。「契約」の時にピンチになったらどこかに飛ばせって言われてんのよ。あのオーサマに限らず先代からだけどね。使ったのは今回が初めてだけど」
それからベリアルはアザゼル目を向けると眉を吊り上げる。
「っていうか女の子に関節技キメるとか、
あり得ないんですケド!」
「技使う相手に男も女も関係ねぇッスよ」
「そういや性別で加減とかしねぇもんな、部下1号は……」
ベルゼブブ達は半分呆れながら2人の悪魔のやり取りを眺めている。
ようやく空気が和やかになった。