第55録 王との決戦
「私にできることはないのだろうか……」
アンナはバリアの中で、隣で必死に魔法を放っているエリスをただ眺めることしかできなかった。
エリス達とラング王の間では激しい攻防戦が行われていた。
爆炎やそれを打ち消す水流、雷と、様々な魔法が飛び交っている。
「テオドール、エベロスを渡せ!そうすれば命は助けてやろう!」
「聞けません!」
「……ならばエベロス諸共滅びるがよい!《紅炎審断》!!」
ラング王が叫んだ直後、エリス達の頭上に轟々と燃え盛る球体が現れた。それは町1つを簡単に包んでしまうほどの大きさで、落ちれば命は助からない。
「お、大きいっ!」
「《蒼瀾葬界》!!」
エリスは両手を突き出し、渦巻く水柱を何本も空に向けて放った。炎と水がぶつかった瞬間、球体はジュワジュワと大きな音を立て、白煙を上げながら収縮してゆく。
「エベロスさんは今のうちに逃げてくださいっ!」
「そんなことできるはずがないだろう!」
「このままでは危険です。あなたに傷を負わせるわけには……」
「わかってる!私は、覚悟を決めてここまで来たんだ!」
「…………わかりました」
アンナの決意に満ちた目を見て、エリスは説得を諦めた。そしてキッと空を見ると魔法の威力を強める。
しかし、徐々に水が押され始めた。
高熱で水を蒸発させ、隙間から火を噴き出す。
「ぐっ……これ以上無理は……」
エリスは苦しげに呟きながら片膝をついた。炎球は小舟ほどの大きさにはなったものの、勢いは衰えていない。
「ハハハハッ!!この世に裁かれん者などおらぬのだ!!」
額に汗を浮かべ肩で大きく息をするエリスを、ラング王は勝ち誇ったような顔で眺める。
「この辺り一帯焼け野原にする気か、あの老いぼれ。
《虚無追放》」
ベルゼブブはボヤきながら、足元に転がっている石を拾い上げ魔力を込める。そしてそれを炎球に向かって投げつけた。
石は炎球に当たる前にビシリと空間にヒビをいれ、別の空間が生まれる。
炎球はそこに吸い込まれていった。完全に炎球が消滅すると、発生した空間も何事もなかったかのように元に戻る。
あと一歩まで追い詰めた所で魔法を消され、ラング王は肩で息をしながら怒りで顔を真っ赤にした。
「皆、皆、なぜワシの邪魔をする!エベロス……こやつだけは、許せぬのだ!」
「ラング王!憎悪では何も解決しない!どうか耳を傾けてくれないか!」
「黙れエベロス!!もう声を発するな!
《竜巻》!!」
ラング王はまだ魔法を放ってくる。しかし先程の魔法のせいで消耗しており、威力が落ちていた。それはエリスのバリアに弾かれ、遥か上空に消えてゆく。
「エベロスゥッ!!」
ラング王が叫んだ瞬間、彼の全身が赤紫色の気に包まれ、さらに背後から同色の触手が現れる。明らかに異様な光景にエリス達は目を見張った。
「な、何だあれはっ!?」
「ベリアルの触手だな。あの老いぼれ、やっぱり魔力を分けてもらってたか」
「それとあの触手とどう関係があるの?」
「悪魔と「契約」を結んだ人間は一定量の魔力を分けてもらうと、その悪魔と同じ技を使えるようになる。厄介だが、アレが出たってことはもう老いぼれは限界だぜ。見てみろよ」
ベルゼブブに促されてエリスとアンナはラング王に目を向ける。彼は白目を剥いており、意識があるかどうかもわからなかった。
「急いで止めないと――!?」
勢いよく伸びてきた触手がバリアにぶつかり、まるでガラスを割るように簡単に破壊した。素早くエリスが張り直しても次々に伸びてくるそれらに即座に打ち破られる。
「切り崩していくしかないな」
アンナもすかさず剣を抜き撲滅に回る。しかし向こうの方が数が多く、斬撃を逃れ1本の触手が彼女の左腕に巻き付いた。きつく絞め上げミシミシと音を立てる。
「ぐっ!?」
「エベロスさん!?今すぐ――」
「いや、これぐらい自分でやるさ。私は、エベロスだからなっ!」
そう叫ぶとアンナは右手で剣を振り上げ、触手に突き立てた。切断された触手は生き物のような悲鳴を上げながら、地面にボトボトと落ちてゆく。
「ふぅ……折れてはいないか」
アンナは絡まれていた腕をグルグルと回しながら呟いた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。なんとかな」
淡々と答えるアンナにエリスはホッと胸を撫で下ろした。
しかし、現実に引き戻すかのようにベルゼブブがエリスに声をかける。
「お前、バリア解け。どうせすぐ破られるだろ。なら、攻撃して触手の数減らした方が早ぇ」
「……わかった。《雷撃波》!!」
エリスはバリアを解いた直後、迫りくる触手に雷撃をくらわせる。それらは黒くなって地に落ちた。
「ん?触手の動き……もしかして」
ふと、ジッと触手の動きを見ていたアンナは、1度呼吸を整えるとエリスに声を掛ける。
「テオドール、少し試したいことがあるんだが、いいだろうか?」
「は、はい。危険なことはしないでくださいね」
「ああ!」
アンナは元気よく返事をすると、素早く左に走り出した。
エリス達に向かってきていた触手は明らかにアンナに向きを変えて伸びてゆく。エリスとベルゼブブは目を見開いた。
「これは……」
「やっぱりな。テオドール!私がコレを引き付ける!その間に王を頼む!」
アンナの提案を聞いたベルゼブブはため息をついて、それからエリスに声をかけた。
「んな事できるか。お前、エベロスを守れ。そんぐらいできるだろ」
「うん」
「よぉし、言ったな?あの老いぼれはオレ様に任せとけ」
「でも……」
「オレ様を誰だと思ってんだよ?確かに生け捕りはめんどくせぇけどな。
それに今、エベロスに意識が向いてる。そう時間はかからねぇよ」
ベルゼブブはどこか自信ありげに言うと、浮かび上がってラング王の元へと向かう。
エリスは急いでアンナの元へ走り、呪文を唱えた。
「《炎嵐》!!」
エリスの両手から放たれた炎の渦が、触手を燃やし尽くす。アンナはエリスが火魔法を使ったのを見てポカンと口を開けていた。会ってから今まで、雷魔法でしか攻撃していなかったのを見ていたからだ。
「テ、テオドール!?」
「本当は火魔法は使いたくありませんが、こういうのは燃やした方が早いです!」
「あ、ああ……わかった。サポートを頼むぞ!」
アンナは嬉しそうに口角を上げると、再び剣を構えた。