第54録 アザゼルVSベリアル
一方、アザゼルとベリアルは魔界の一角で睨み合っていた。
「どこへ移動するかと思えば魔界ッスか」
「別に地上でもいいんだけどさ、目も当てられない光景になっちゃ人間達も嫌だろうなーって思ったのよ。
666番地を選んだのは言わなくてもわかるでしょ?」
「ああ。ここなら遠慮はいらないッスからねぇ」
基準は不明だが彼らが居る666番地は何も無い。黒い闇が広がっているだけなので、よくちょっとした決闘に選ばれる場所だった。
「まさかゼルゼルからサシの提案が来るなんて思わなかったわ。どういう風の吹き回し?」
「個人的にケリつけたいって言ったッスよね?」
「なんかまだケリついてないことあったっけ……?」
首を傾げるベリアルにアザゼルは珍しく眉をつり上げて口を開く。
「オレの血液コレクションぶっ壊したこと、忘れてねぇからな」
「それのこと!?不可抗力だし!ちゃんと謝ったじゃん!」
「アンタは謝ったつもりかもしれないが、オレからすれば他人事のように聞こえたんでねぇ。「ごめんなさーい」がちゃんと謝ったって言えるのか?」
「アタシからすれば謝ったの!じゃあさ、アタシが負けたら真剣に謝ってあげる!それでいいよね?」
アザゼルは少しヤケになって言うベリアルを見て小さくため息をついた。
「謝って「あげる」って、なんで上からなんスか。謝れ」
「あー、わかったわかった!真剣に謝るから!まぁアタシに勝てればの話だけどね!
こうやって戦うなんて随分久しぶりだからさ」
ベリアルが空に手を伸ばすと彼女を囲うように蛇腹鞭が現れる。それを見てアザゼルは顔をしかめた。
「厄介なモン出しやがって……」
「そーいえばアンタ武器が見当たらないけどどうやって戦うのよ?薬品でもブッかけるワケ?だとしたらウケるんですけど!」
「オレの戦い方とかどーでもいいでしょー、よッ‼」
アザゼルは伸びてきた剣先を素早く避けたが、空中でUターンして再び襲いかかった。
驚きながらも難なく避けるが、休みなく襲いかかってくるそれにアザゼルは舌打ちした。
「あー!めんどくせぇなコレ!」
「アハハハッ、避けるばっかじゃん!まさか戦えないとか言わないよねぇ?」
「…………」
「え、ウソ図星⁉」
何も答えないままアザゼルが伸びてきた剣先を避けると先が地面に突き刺さった。
「おお、怖。でもこれで攻撃は――」
「甘いわよ、ゼルゼル!」
そのまま動かないかと思われたが、剣胴がうねりボコボコと地面を割って再びアザゼルに襲いかかる。
「どーなってんスか⁉」
「アタシの魔力で強化してるからそう簡単には壊れないわよ。アハハハ、まだまだッ!」
蛇腹鞭がもう1本現れる。ベリアルはそれを手に取ると器用に操ってアザゼルに向けた。
「止まってる暇がねぇ。クソッ、まだこないか。こりゃあ死ぬのは今日だったかもしれないッスねぇ……」
アザゼルは反撃出来ずに避けていたが、やがて刃が全身を囲むように服から数ミリ離れた所で止まる。
「チィッ……」
「フフ、ナメてかかってたでしょ?これでアタシが柄を引けば刃がアンタは全身を刻まれてオシマイ。
さ、どうする?アタシ側に寝返る?それとも潔く死ぬ?あ、無様に命乞いしてもいいよ。命ぐらいなら助けて――⁉」
アザゼルの顔を見てベリアルの顔が引きつった。彼はゾッとするような笑みを浮かべていたからだ。
「な、なんで笑ってんの?アンタ、死ぬんだよ?」
「……勝手に決めつけんじゃねぇよ。オレが本当に攻撃できないとでも思ってたのか?」
「じ、じゃあ、とっとと反撃すればいいじゃん!」
「悪いなぁ、なにしろ効果が出るまで時間が要るんでねぇっ!!」
直後、アザゼルの体からドス黒い気が溢れ出した。彼は魔界に来る直前に薬を服用しており、その効果が出るまで時間稼ぎをしていたのだ。
「ぐっ……させないわよ!!」
ベリアルは素早く柄を引いたが、刃はドス黒い気に阻まれアザゼルの肌まで届かなかった。
「《操れる魔力》!!
ナメてかかってんのはお互いだ」
アザゼルは気を操り、刃を内側から外側に無理やり捻じ曲げ始めた。
思いもしなかった反撃にベリアルの顔に汗が浮かぶ。
「ちょっと待って……何……ソレ?」
「俺は実験オタクッスよ?自分の体に#何もしてないと思うか__・__#?」
「カ、カラダ弄ってんの!?嘘でしょ⁉」
「そりゃあ、モノが出来たら最初は自分で試すからなぁ。
ケヒェヒェヒェ!返すぜぇ、ベリアル!」
アザゼルは捕らえた刃をベリアルに投げ返した。猛スピードで返ってくる剣先を見たベリアルは慌てて柄から手を離して避ける。
アザゼルの瞳は三白眼に変貌していた。
「あっぶな!しかもオタクモード突入しちゃってるじゃん!」
「ケケケッ!悪く思うなよ!
文句ならきっかけ作ったアレキサンドルのお坊ちゃんに言いなぁ!」
アザゼルはそう叫ぶと瞬く間にベリアルの正面に移動する。
そしてドス黒い気を纏わせた拳を振り上げた。
「ちょっ、まっ、ギ、ギブ――」
「断る!」
アザゼルは全く耳を貸さずにそのままベリアルを殴りつける。
一度大きく深呼吸すると、アザゼルはうつ伏せに倒れたベリアルを見下ろした。
「あー、スッキリした」
「うぅ……女のコ、殴る……なんて……」
「性別で対応は変えないッス。意識はあるか。恐ろしい耐久性ッスね」
「ア、アンタ、自分に……何したのよ……」
「今回はドーピングッス。いろんなヤツの血液を混ぜて作ったヤツでな。
思いもよらない収獲があったんでねぇ」
「あっそー。っていうか、モードの切り替え……早過ぎ」
アザゼルが薄い笑みを浮かべる。ベリアルの言うとおり彼の目は普段の生気のない感じに戻っていた。
「目的を果たしたんで。ところで、約束覚えてるよな?」
「覚えてるわよ……。
不可抗力とはいえ、コレクション壊してごめんなさい……」
弱々しく言ったベリアルにアザゼルはニンマリと口角を上げる。
「……ちゃんと謝れるじゃないスか」
「アタシそこまで薄情じゃないし。あとさ、ゼルゼル。アンタわざとサシの勝負に持ち込んだんじゃない?アタシとボスと戦わなせないように」
「さぁてね。タイチョーは容赦ないのは確かだが、オレはそこまで考えてないッスよ。じゃ、地上に戻るか」
そう言ってアザゼルは屈むと懐からブヨブヨとした黒い膜のようなものを取り出し、ベリアルにかけた。
「何コレッ⁉ブヨブヨしてキモチワルッ⁉」
「オレ特製の拘束膜ッス。抵抗されても困るんで、ガマンしといてほしい。
よっ」
アザゼルはベリアルを肩に担ぎ上げ、彼女が悲鳴を上げる。
「ギャーーーーーー⁉せめて背負ってよ⁉」
「嫌ッス。あと耳の近くで爆音出すのカンベン」
「下ろして!今すぐっ!」
「ウルサイ。それ以上騒ぐんなら頭から地面に叩きつけるッスよ」
「ゴメンナサイ……」
大人しくなったベリアルを見てアザゼルは不敵に嗤うと地上へ向けて飛び上がった。




