第52録 痺れる突撃作戦
「さて、アレキサンドル陣に突入することになるが……大丈夫か?」
アンナが心配そうに天幕の隅でうずくまっているエリスに尋ねる。
薬がこの世のものとも思えないぐらい苦かったのだ。
「は、はい……」
顔を青くして口元を押さえながら答えるエリスにアンナは眉を寄せて唸る。
「回復するまで休ませてやりたいが、時間がないからな……」
「私は大丈夫ですので、話を続けてください。薬の効果が出るまでの辛抱です」
「そうか……。なら、本題に入るが、ラング王のところへどうやって辿り着く?王子2人がいないとはいえ、精鋭魔法部隊はいるぞ?」
アレキサンドルには魔法に特化した精鋭部隊がいた。彼等は連携して魔法を放ってくるため、エベロスは苦戦させられていたのだ。
「魔法で障壁を作り、その中に入って移動するのはどうでしょうか?」
「破壊されないか?」
「頑丈に作るので大丈夫です」
薬が効いてきたようでエリスが立ち上がった。先程までの青い顔はどこへいったのか、目つきも凛としている。
「無理はしないで欲しい。テオドールが要といっても過言ではないからな」
「はい。無理はしないように気をつけますね」
陣営から出たエリスとアンナは方角を確認し、さっそく行動に移る。
「よし、頼むぞテオドール」
「はい。《雷の球体》!!」
エリスとアンナを黄色い膜が包みこんだ。表面はバチバチと電気が弾けており、誰が見ても痺れそうだ。
アンナがドギマギしながら膜に手を触れて押すと球体が少し回転した。
「なるほど。あとは転がしていけばいいんだな?」
「はい。触れたら痺れますし、この球体が回転しながら進むので勢いもつきます」
「よし!ならば、突撃だあぁっ!!」
アンナが勢いよく膜を押して転がし始める。平原の上をバチバチと音を鳴らしながら球体が横切っていった。
少しして、アレキサンドル兵達は丸い物体がスピードを上げながら向かってくるのを見て目を丸くした。
「何だあれはっ!?」
「こっちに向かって……って、テオドールとエベロス!?」
「待て、洗脳が解けてるぞ!ジョルジュ様はどうなされた!?まさか――」
「落ち着け!今は目の前のことに集中しろ!物体を破壊して2人を引きずり出せ!」
部隊長の声が響き、魔法部隊が次々と攻撃を仕掛けるが、頑丈に作られた球体にはヒビすら入らない。彼等が焦っている間にも球体はどんどん距離を詰めてきている。
「か、固い!?ただの球体じゃないのか!?」
「怯むな!攻撃を当て続ければヒビぐらい入るはずだ!」
しかし結果は同じだった。狼狽える魔法部隊に痺れを切らした剣士部隊が飛び出してゆく。
「ならば物理だ!くらえぇっ!」
1人の兵の剣が球体に触れた瞬間、バチリと電気が弾けてそのまま剣士に伝わる。彼は悲鳴も上げずに地面に倒れた。それを見て追撃を加えようとしていた剣士達の動きが止まる。
「ふ、触れたら痺れるぞ!逃げろぉ!」
「バ、バカ者!誰が撤退していいと――」
「逃がすかぁ!」
アンナは部隊長の声を遮って叫ぶと球体を操って背を向けているアレキサンドル兵の群れに突っ込んだ。
球体に触れた者達は痺れ、声も上げずに倒れてゆく。逃げ惑う悲鳴と怒号がその場に響き渡った。
一方、ベルゼブブとアザゼルは上空からエリス達を追っていた。アザゼルは笑いを堪えきれずに体を小刻みに震わせている。
「クククッ、面白いこと考えたッスねぇ、エリスは。それにエベロスのお嬢さん、揺れに耐性があるんスね。随分元気だ」
「フザケてるようにしかみえん……」
ベルゼブブは呆れ顔で言ったが、追加でボソリと呟いた。
「まぁ、あのフザケてるヤツの方がアイツらしくていいけどな」
縦横無尽に動き回る球体を見下ろしながら、2体の悪魔は歩を進める。
一通りアレキサンドル兵を弾き飛ばし、陣営に入り込んだ球体をアンナが止める。その表情は余裕そうに笑っていた。
「おお!思ってたより楽しいな、これ!」
「い、1回止まってください……。目が回って……」
「ん?大丈夫か、テオドール?」
膜に寄りかかるようにして座り込んでしまったエリスに、アンナが心配そうに声をかける。
「やっぱりまだ本調子じゃないのか」
「はい。一時的に薬で戻しているだけですので……すみません……」
「謝ることじゃないさ。ここまで進めるとは思ってなかったからな。あとは――」
しかし突然、球体に何かがぶつかった。そのままヒビが入ったかと思うとバラバラと音を立てて崩れる。
球体から脱出したエリスとアンナは圧を感じ取ってゆっくりと顔を上げた。
「……よくぞ、ここまで来たな」
頭に赤い王冠を乗せ、きらびやかなマントに身を包んだラング王が静かに佇んでいる。しかしその目は明らかに怒りを含んでいた。




