第46録 アンナVSアザゼルVSグラド
突如現れたアザゼルに2人は驚きを隠せない。
アンナは足元を確かめるように1歩踏みしめながら鋭い声で尋ねた。
「お前は誰だ!?」
「訳あって名乗れないが、第3勢力ッス。つまり、どちらの味方でもないんで」
「《竜巻》!!」
グラドは霧を晴らそうと風を起こしたが、どういうわけか一向に晴れなかった。一瞬空が見えてもすぐに黒い霧がジワジワと染み出すように発生し、周辺を覆うからだ。
グラドが苦々しく舌打ちする。
「魔法かッ!」
「ああ。空間切り取り魔法ッス。ここには今、オレ達しかいないし、外とは遮断されてる。周りの音、何も聞こえないだろ?」
「ふざけんじゃねぇ!!とっとと解除しやがれ!!」
「それはできないッスねぇ。別にオレはあんた等を倒しに来たわけじゃない。一時的に足止めするだけ――」
アザゼルは素早く体を捻ると静かに近づいてきたアンナの攻撃を避けた。
唇を噛みしめるアンナをアザゼルはからかうように見下ろす。
「おぉ、怖。気が逸れてる隙を突くとは、やるッスね」
「くっ、一筋縄ではいかないようだな」
「簡単に勝負がついてもつまらないだろ?」
試すように言われてアンナは身震いした。一見飄々としている目の前の男から底知れぬ経験の差を感じとる。
「燃え尽きろ!《炎熱領域》!!」
グラドが好機とばかりに高難易度魔法を叩き込み、2人に灼熱の渦が迫る。
「あっ」
「チッ……めんどくせぇな」
アザゼルはグラドを軽く睨むと棒立ちになっているアンナを素早く突き飛ばし、自身も渦の軌道から逸れた。
炎の渦は何ものみこまず、逆に黒い霧に異物のようにのみこまれていった。
「チクショウ!何なんだよ、この空間!」
「どうしても解除したいんなら、オレを倒すしかないッスね」
「つーか、テメェ何者なんだよ!こんな魔法が使えるヤツがいるなんて聞いてねぇぞ!」
「オレのことは……そうッスね、野良の使い魔とでも思っていればいい」
「使い魔だと!?」
怒り叫ぶグラドとそれを軽く流すアザゼルをアンナは呆然と眺めていた。
敵であるはずのアザゼルに助けられたことが信じられなかったからだ。
「助けられた……私が……。よりにもよって敵に……」
確かに、倒すつもりはない、とは言っていたため理にはかなっているが、それでも彼女は困惑していた。
アンナの呟きは再びグラドの怒りによってかき消される。
「何で野良の使い魔がこんな所にいるんだ!テメェには何も関係ねぇだろ!」
「あるんスよ。とある人の為に動いてるんで」
「ある人ぉ?……まさか、テオドールか!?」
アザゼルは答える変わりにゆっくりと口角を上げた。
「そうかよ。だったらテメェはブッ倒す!《氷結の矢》!!」
グラドは呪文を唱えると、無数の氷矢をアザゼルに飛ばした。
「《消失の霧》!!」
アザゼルの前に赤黒い霧が現れ、それに触れた氷矢は音も立てずに消失する。全ての矢を消し終え、霧を解除したアザゼルの腹を炎の渦が貫通した。胴体に穴が空き、口から細く血が流れる。
グラドが勝ち誇ったように笑いながら叫んだ。
「油断したなバーカ!!矢はフェイクだったんだよ!!」
「……みたいッスねぇ」
アザゼルは表情の読めない赤い目で自分の腹をチラリと見た後、グラドを見据えた。最初は笑っていたグラドも徐々にアザゼルの異常さに気づき、目を見開く。
「な、何で倒れねぇんだよ……。テメェ、痛みを感じないのか?」
「《再生》……!!」
アザゼルは右手に緑色の気を纏わせると腹を覆う。少しして手を退けると穴は完全に塞がっており、止血していた。確認するように腹を数回撫でると、指で口元の血を拭う。
「いや、痛覚はあるッスよ。鈍いだけで」
「ちょっ……待て……!回復魔法だと!?本当に使い魔か!?」
「そう思っていればいいって言ったッスよ」
淡々と答えるアザゼルにグラドはようやく恐怖を覚え始め、後ずさる。
今まで自分の魔法で倒れなかった者はほぼいなかった。ましてやその場で治療する相手など出会ったことがなかった。
冷や汗を浮かべたグラドは手当たり次第に魔法を乱発する。
「クソッ、テオドールが目的なんだろ!テメェも物好きだよな!
あんな甘ったれによく尽くそうと思えるぜ。せっかく家に恵まれたんだから魔法なんてバンバン使っちまえばいいのによ!」
「……今何て言った?」
「耳遠いのかよ!だから、テオドールみたいな甘ったれによく尽くそうと思えるよなって言ったんだ!」
アザゼルは右手手で顔を覆うとため息を吐いた。そしてすぐに手を退き、グラドを鋭く睨みつける。エリスはともかく一緒にいるベルゼブブまで侮辱されたように感じたからだ。
「尽くすのにも理由がある。
で、今のでオレの怒りに触れた。大人しく落とされろ!」
「俺が素直に従うと思うなよ!!」
アザゼルは迫ってくる魔法の間を縫うように避け、グラドとの距離を詰める。1発でも当たるだろうと思っていたグラドはますます焦った。
「速っ……!?く、来るんじゃねぇ!!《炎――」
「させるか」
アザゼルはグラドの魔法を放とうとしていた右腕を掴んで引き倒す。
「な、何しやがる!」
「拘束する鎖!!」
「がっ!?」
黒い鎖がグラドに巻き付き、ギリギリと絞め上げる。少しの間無表情で見ていたアザゼルはグラドを高く放り投げた。
「しばらく寝てな」
「――――!?」
鎖に絞め上げられて身動ぎもできず、声も出せないグラドはそのまま地面に頭を強打し動かなくなった。