第44録 戦火の幕開け
エリスがジョルジュに捕まってから3日後。
アレキサンドルとエベロスの中間に位置する広大な平原で、両軍が激しく衝突していた。剣と槍がぶつかって金属音を響かせ、その間を縫うように色とりどりの魔法が飛び交って爆風を起こしている。
エベロスの陣営は動揺に包まれていた。
陣幕の中では隊長達が顔を寄せて話し合っている。
「くっ!レイン様からアレキサンドルが攻め込んでくるかもしれないとは聞いていたが、ここまで早いとは!」
「それにテオドールが参戦しているのだろう?それらしい人物を見かけたらすぐに逃げろと言われている」
「テオドールが実在していたことには驚いたが、悠長なことを言っている場合ではない。魔法最高一族だからな。今回は最悪の場合……」
言葉を詰まらせ、暗い顔をした隊長達の元に1人の騎士が息を切らしながら駆け込んでくる。
「先ほど宮廷に兵を走らせた!レイン様とアンナ様が来られるまで持ち堪えさせろ!」
「……ああ!」
「言うまでもない!」
隊長達は自らを奮い立たせるように大きく頷くと陣幕を後にした。
一方、アレキサンドルの陣営から少しエベロス側に寄った場所ではジョルジュとエリスが佇んでいた。
「さて、少し暴れてもらうけどいいかい?」
「ええ。どれだけ殺したらいいのかしら?」
そう答えるエリスの声は冷たく、オレンジ色の目には光が無い。
また、ジョルジュと同じ白いローブを身に纏っており、髪の色もテオドールの象徴であるオレンジ色に戻っていた。
「……エベロスの総数は5000と聞いている。こちらは2000だから、3000以上かな。でも魔力を使いすぎないように。倒れられても困るからね」
「それぐらいわかってるわ。……あなたも死なないでね?」
エリスは不敵に笑うと右手を突き出し、指先を視界の端でかすかに動いているエベロスの集団に向ける。
「《炎波》!!」
指先から飛び出した炎は瞬く間に集団を渦に閉じ込めた。彼等から断末魔が上がるのをエリスは微かに満足気な笑みを浮かべて眺めている。
やがて、全員がピクリとも動かなくなったのを確認すると、つまらなそうに鼻を鳴らした。
ジョルジュはその様子を呆然とした様子で見ていたが、ふと体を震わせると慎重にエリスに声をかける。
「あの、テオドール……?」
「どうして辛そうな顔をしているのかしら?数を減らせと言ったのはあなたよ?」
「そうだけど……今の君は私のイメージを大きく崩していてね……」
「あら、そう。殺すなってことかしら?」
「できれば、気絶させてくれると助かるかな……」
弱々しく言うジョルジュを見てエリスは呆れたようにため息を吐いた。
「気絶させてもまた起き上がるわ。簡単に形勢をひっくり返されるわよ」
「…………《気絶させろ》!!」
「わかったわ」
命令を下したジョルジュにエリスは即答すると、ゆっくりと歩みを進める。
そんな彼女の後ろ姿をジョルジュは困惑した表情で眺めた。
「ちゃんとコントロール魔法かかってるよね?いや、手応えはあったし私の命令にも即答した。でも、あまりにも変わりすぎている。彼女は簡単に命を奪うような性格ではなかったはずだ」
ポツリと呟いてジョルジュは体を震わせる。漠然とした不安が襲いかかってきたのだ。
「命令しているはずなのに支配している感覚がない。むしろ彼女の方が……」
ジョルジュは不安を打ち消すように首を振るとエリスの後を追った。
しばらくして、エベロス帝国の方角から1騎の馬が砂煙を巻き上げながら駆けてくる。軽鎧に身を包み、燃えるような芯の強い目を持つその姿を見た瞬間、戦意を失いかけていた兵士達の目に光が戻り歓声が上がった。第1皇女アンナが到着したのだ。
陣幕に入った彼女にすぐさま伝令兵が駆け寄る。
「アンナ様!!お待ちしておりました!!」
「悪い、遅くなった!戦況は?」
「も、申し上げますと我々が不利です!
相手の魔法部隊、特にテオドールにどんどん戦力を削られています!」
「何⁉クソッ、イレーネの言った通りだったか!
皆に1度撤退するように伝えてきてくれ!」
「承知致しました!」
アンナは伝令兵を見送ると表情を曇らせている隊長達に向き直った。
「お前達、今回の戦いは負けると思っているな?」
「い、いえっ!?そんなことは……」
「思っていてもいいんだ。こちらは近接武器メインなのに対し相手は魔法メインだからな」
「も、申し訳ございません!隊長を任されているというのに!」
深々と頭を下げる彼等を見てアンナは少しだけ笑みを浮かべる。
「気分が下がるのはわかるが、その姿を兵士達に見せないでくれ。士気に関わるからな」
「承知致しました!」
「それと、兄上は来れるかどうかわからない。
やる事があるそうだ」
「承知!
アンナ様は今から何をなされるおつもりで?」
「私?私はアレキサンドルの第2王子と決闘してくるよ。ムカつくけど」
アンナの返事を聞くと隊達は身震いする。
「第2王子ですか!?ま、毎度戦わなくてもよろしいのでは?」
「そう思うだろ?だが、私がアイツと戦うことで足止めができるからな。軍の被害を減らせる訳だ」
「し、しかしアンナ様が重傷を負われるのではないかと……」
「はははッ!心配はいらない。どれだけ鍛錬してきたと思っているんだ?それに今まで重傷を負ったことはない。
確かにこちらの方が不利ではあるが、剣でも魔法に勝てるさ!」
アンナはそう言うと刺繍が施されたマントを翻して飛び出していった。




