第43録 悪魔達の密議
「石からの呼び出しがあったんで何があったかと思えば……」
魔界の一角。アザゼルは面白がるように目を細めてベルゼブブを眺めていた。
ベルゼブブはというと相変わらず魔法陣の中で腕を組んで決まりが悪そうにそっぽを向いている。
「笑うなら笑えよ。クソッ、オレ様がまんまと騙されるとは。
面目が立たねぇ」
グラドと対峙し、しばらく魔法の撃ち合いが続いた後、突然彼から自分が囮である事を聞かされたのだ。
一部始終を聞いたアザゼルは抑揚のない相槌を打つ。
「なら、ここでボーっとしてる暇ないでしょーよ。
エリス、捕まったんスよね?」
「おそらくな。オレ様が呼んだ理由、わかるか?」
「見当はついてる。手伝いッスよね?」
「ああ。オレ様の血液、小瓶5本分でどうだ?」
アザゼルは少しの間、光のない赤い目を見開いてベルゼブブを見た。まさか取引があるとは予想していなかったようだ。しかしニンマリと口角を上げる。
「申し出はありがたいんスけどねぇ、足りない。倍必要ッス」
「そんなに採って何に使うんだよ!?」
「イロイロ。まぁ、全部終わった後に貰うんで、まだ心配しなくていいッスよ」
「おう……」
問い詰めるように尋ねても意思を変えないアザゼルに、ベルゼブブは諦めて話を切った。
「それはそうと、対峙したアレキサンドルの坊っちゃんは消したんスか?」
「両腕の骨へし折ってやったが、生きてる。アイツはしぶといからな」
「へー、消してないなんて珍しい」
「アイツから殺すなって言われたんだよ!」
ヤケになって答えるベルゼブブをアザゼルはニヤニヤしながら眺めている。
「エリスには頭上がらないんスね」
「違う!命令に従っただけだ!」
「そういうことにしておくッス。
両腕使えないんなら片方は戦いに参加できないッスね」
「どうだろうな。アレキサンドルだぞ?専属のヒーラー雇っててもおかしくねぇ」
王族や上流貴族は大怪我や重病に備えて専属の優秀なヒーラーを雇っている所が多かった。
「人間のヒーラーはどのくらいまで再生させれるんスかねぇ。なかなか会わないもんで」
「会わねぇのか?」
「ヒーラーっても聖職者関係なんスよ。教会等を拠点にしてるんで近づきたくない」
アザゼルが不快感を示しながら呟く。ほとんどの悪魔は教会を嫌っていて近づこうとしないからだ。
「まぁ、坊っちゃんの参加云々は置いといて……タイチョーの作戦は?」
「……おそらくアイツは洗脳される。正気のままだったら絶対に戦争に参加しねぇからな」
「洗脳ねぇ。コントロール魔法の1種ではあるが、程度によって難易度が変わるんスよ。どの程度までかけてくるのやら」
「そりゃあ限度までだろ。確か使用者の命令には何でも従うんだったか?」
「そうッス。口頭での命令は必ず遂行する」
「解除できるのか?」
「使用者を消すか、過去の記憶を強く呼び起こすような物を見せたり呼びかけたりして洗脳を解くしかないッスね。手っ取り早いのは前者だが……」
「爽やかヤロウかクソガキのどちらかがかけるだろうな。だが、クソガキはそういうの苦手そうだから、爽やかヤロウか?どっちにしても消すわけにはいかねぇ。めんどくせぇな……」
「エリスから言われてるからッスか?」
からかうように言うアザゼルを睨みながらベルゼブブは口を開く。
「違うっつってんだろ!
そもそもあいつはアレキサンドルとエベロスの戦争を終わらせるつもりではいた。終結後に王族殺しの罪で追いかけ回されるのはたまったモンじゃねぇだろ」
アザゼルはニヤニヤと面白そうに眺めていたが、ふと真顔になるとベルゼブブに尋ねる。
「ところでタイチョー、アイツが戦争に来ると思うッスか?」
「アイツ……?ベリアルか?」
「そうッス」
「さぁな。今の王が戦争に直々に参加するならついてくるだろうが……。プライド高そうだからな」
ベルゼブブは眉をひそめて考えていたが、思い出したように呟いた。
「そういや、捜索抜きでアイツが爽やかヤロウと話したんだが、王はエベロスをそうとう恨んでいて、ジリジリと攻めるのが好みなんだとよ」
「何がどうなってそんな機会があったんスか。知りたくてたまらないが、後で聞くッス。
となれば、今回で完勝できる可能性があるのなら王が参戦する率も上がるな」
「ベリアルに用があるのか?」
真剣に考察するアザゼルを見てベルゼブブは意外そうに尋ねる。するとアザゼルはゆっくりと口の端を上げた。
「もし来るんなら、積年の恨みをはらそうと思ってるんでねぇ」
「アイツ、お前に何したんだよ……」
「血液コレクションぶっ壊された。不可抗力ッスけど」
「悪気があったわけじゃねぇのに怒ってんのか?」
「謝ってはくれたが、どこか他人事だったんで。それに腹立ってる」
「もう好きにしろ……」
淡々と言うアザゼルにベルゼブブは呆れてため息を吐く。
「さて、話を戻すが、アイツの洗脳を解く。まぁ戦争が始まったら嫌でも前線に立つだろう。そこを狙う」
「戦争が始まるまで待つんスね。てっきり始まる前に取り返しに行くかと思ってたんだが……」
「それも考えたが、わざわざ守りの固い城に出向くのは部が悪い」
ベルゼブブの言葉を聞いたアザゼルは嘲るような笑いを漏らした。
「クックック。タイチョー、髄分控えめッスね。残虐性はどこいったんスか?」
「オレ様は「契約」に支障のないように動いているだけだ……が、正直暴れたくてウズウズしてるんだよ!今までどれだけ我慢してやったと思ってるんだ!」
「なら、戦争で暴れたらいいじゃないスか。そこにエリスも来るでしょーし」
「お、いいな!そうするぜ!
戦争だからなぁ、多少の犠牲は出ても仕方がねぇ。
ヒヒヒッ!!久々に暴れられそうだ!!」
金色の目をギラつかせながら不敵に笑うベルゼブブをアザゼルは満足気に眺めていた。