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第3録 トラブル

 治療を終わらせたエリスが店に戻ると人だかりができていた。ボソボソと話し合っている様子を見ると客ではなさそうだ。


 「すみません!通らせてください!」


 エリスが急いで人の波をかき分けると、敷物の前で使い魔と複数の男達が向かい合っていた。

 使い魔はフードを深く被っているため全く顔が見えないが、男達が眉を吊り上げていることから、あまりいい状況ではない。 


 「……ワルイ……トラブル……」


 「アンタがここの店主か?」


 使い魔を押しのけて、いかにもチャラそうな大柄の男がエリスに詰め寄る。


 「はい。私の店員が何か粗相(そそう)でもしましたか?」


 「なかなかこっちの要求をのんでくれねぇんだよ!

難しい事じゃねぇはずだ!」


 「どのような要求でしょうか?」


 エリスが困り顔で尋ねると男は豪快に笑いながら口を開いた。


 「ポーションをタダで100個くれって言ってんだ!

俺達は冒険者だからな!ケガに備えんのは大事だろ?」


 冒険者の数は多く、星の数より冒険者と言われているほどだ。彼らは武器や魔法など自分の得意分野を活かして、町村に必ず設置されている掲示板に載っている依頼をクリアして得た報酬で生活している。

 エリスは呆れたように息をつくとキッパリと言い放った。


 「確かにケガに備えるのは大事ですが、タダでお渡しできません。

ちゃんと代金をお支払い下さい」


 エリスの言葉を聞くと男はたちまち顔を赤くして

睨みつける。


 「あぁ?この辺の平和を保っている俺達から金取ろうって

言うのか?」


 「そうだそうだ!この前だって誰も手がつけられなかった

グラッジウルフを仕留めたんだからな!」


 男の取り巻き達がブーイングを入れた。

エリスは再び呆れたように目を細めると口を開く。


 「誰も手がつけられなかったモンスターを仕留めたのは

すばらしいですが、宿屋や装備屋にも同じ事を言っているのですか?」


 男が黙り込んだ。だがそれも数秒で怒りの形相でエリスに

掴みかかる。人だかりからどよめき声が上がった。


 「何回も戦ってたら装備を買い替えなきゃなんねぇだろうが!金を稼ごうにもポーションがねぇとモンスターと戦えねぇ。だから必要なんだよ!」


 「お言葉ですが、お仲間にヒーラーはいらっしゃらないのですか?」


 「うるせぇ!とっとと寄越しやがれ!

おい、お前ら暴れちまえ!」


 男は取り巻き達に指示を出すと彼らは待ってましたとばかりに薬が入ったビンを割ってゆく。周囲の人々は困惑の表情を浮かべながら様子を見ていた。

どうやら男達の行為は日常的のようだ。

 エリスは顔を引きつらせながら男から逃れようともがく。


 「やめください!薬が売れなくなります!」


 「だったらポーション100個寄越せ!今すぐな!」


 「すぐには出来ませんが今日中には――」


 「今日中じゃ遅ぇんだよ!」


 もはや逆ギレだが男がエリスを突き飛ばした。

反動でしりもちをつき、その衝撃が強かったようで痛みに顔を歪めている。


 「痛っ……」


 「用意できねぇんなら――」


 「……《時間停止(タイム・ストップ)》」


 どこからか低い呟きが聞こえたかと思うと辺りが薄暗くなり、エリスと男達を除いて周囲の人々の動きが停まった。彼等は瞬きどころか呼吸すらしていない。


 「な、なんだっ⁉」


 「俺達以外固まってるッスよ⁉」


 「……て、てめぇ、何しやがった⁉」


 うろたえる仲間達を見て男がエリスの再び胸ぐらを掴んだ。

しかしエリスは男のことなど気にしていない様子で大きなため息をつく。


 「何しやがったと聞いて――」


 「……ハナセ……」


 「ああ?なんだテメェ――」


 いつの間にか使い魔が男の肩を掴んでいた。男は肩越しに睨みつけようとして口を開けたまま固まる。ローブの袖から見えているのは骸の手だったからだ。

 

 「な、なんだコイツはッ⁉」


 使い魔は戸惑っている男を気にも止めず、何かを訴えるようにエリスを見ている。


 「仕方がない。《受肉(インカネーション)》」


 エリスが諦めたように呪文を唱えると使い魔が黒いモヤに覆われた。

 

 「ヒヒヒヒヒッ!!」


 しかし、すぐブキミな笑い声と同時に使い魔がモヤを振り払う。

その時に起こった風でローブが少しめくれ上がった。骸だった部分に肉がついており、さらにフードの下から覗く金色の眼はギラついていて常人ではないことが伺える。


 「アンタらみたいなクズども好物だぜ!」


 「コ、コイツ、使い魔じゃないのか⁉」


 「オレ様を使い魔と一緒にすんじゃねぇよッ!」


 そう言ってフード男が大柄の男を蹴り飛ばした。男の体が品物にぶつかりガラガラと音を立てて散らばる。

 エリスが裾を整えながらフード男に近づいた。 


 「あなたまで商品を壊さないで」


 「はいはい。次から気をつける。

 ところでコイツら貰っていいんだよなぁ?」


 ニヤリと口角を上げながら言うフード男にエリスは渋々頷いた。


 「どうせ言ってもきかないでしょ」


 「ヒヒヒッ、さすが!」


 「クソッ、もういい!お前ら、ブチのめせ!」


 大柄な男が体勢を立て直しながら取り巻き達に命じると、

笑いながらエリス達を取り囲む。


 「お前らの身ぐるみ剥いでやるよ!」


 「そしてに人買いに売り飛ばしてやる!」


 男達の本業だったようだ。腰から下げている片手剣や

ダガーを構えてエリス達に飛びかかった。


 「ア゛?誰に向かって言ってんだクズ共」


 フード男は眉をつり上げると男達に向けて右手を突き出す。

するとそこから黒い鎖が飛び出して彼等を縛りつけた。


 「なんだ鎖、グアッ⁉」


 「ガッ……カッ⁉」


ミシミシと骨が軋む音と呻き声が辺りに響き、1人また1人と意識を失って倒れて行く。


 「おいおい、この程度でくたばるなよ。さっきの威勢はどうした?」


 「……テメェ……ナニモン……だ……」


 巨体に鎖を食い込ませながらも男が睨む。かなり苦しそうだが意識はあるようだ。


 「フン、答える義理はねぇよ。テメェ意外と耐えるなぁ。

ハハハ……《死の衝撃(デスクラッシュ)》!」


 フード男が右手手で何かを握り潰すような動作をするとそれに呼応して巨体からボキボキという嫌な音が連なる。男は目を見開いたまま地面に倒れた。

 さらに何かを呟くと男達の体は地面に吸い込まれていく。その様子を見ながらフード男はつまらさそうにため息をついた。


 「あーあ、威張ってた割には張り合いねぇな。

 まぁいいや。後でじっくりいただきますか」


 「……やってしまった……」


 両手で顔を覆って肩を落とすエリスをフード男は楽しそうに眺める。


 「とか言いつつ、アイツらに喧嘩売ってたよな?

ヒーラーがどうとかって……。

 戦闘職だけのパーティも珍しくねぇだろ」


 冒険者達はほとんどが複数で行動していた。攻撃、回復と役割のバランスをとることが多い。だが、ヒーラーは魔力の循環が魔法使いと違うため、それよりも数が少ない。

そのため、巡り会えずに攻撃役だけで回しているパーティも珍しくはなかった。


 「アレキサンドルはこの辺りで最も大きい都市。

ヒーラーが来ていないはずないから聞いただけよ」

 

 「なら、アイツラは運が悪かったんだな!

ヒヒヒヒッ、おもしれぇ!」


 エリスはフード男の言葉を聞き流しながら後片付けを済ませて商売道具を背負うと歩き出した。

 フード男が慌てたように後を追う。


 「あ?もうこの町から出ていくのかよ?

町の奴らの記憶消してやるぜ?」


 「消しても消さなくても騒ぎを起こした以上、

町にいるつもりはないから」


 「そうかよ。それにしてもあの女には感謝しとかないとなぁ?アイツが来なければオレ様を喚び出すことなんてなかったんだからよ」


 エリスは立ち止まるとフード男を見据える。しばらく睨んでいたが、諦めたように小さく息を吐いた。

 

 「………………確かにそうね。あと、魔法を解いて」


 「はいはい、解けるまで少し時間かかるぜ。

あと、タイムストップ使ったせいでオレ様しばらく

出てこれねぇからな」

 

 「………………」


 「何だよ、騒ぎ起こしたのがそんなに嫌だったか?

 だが、オレ様がああしなければお前、ボコボコにヤラれてたろ?

あのクズ共、人さらいが本業だったみてぇだしな。感謝しろよ?」


 「はいはい、どうもありがとう」


 「なんだその明らかにめんどくさそうな礼の言い方は!」


 詰め寄るフード男をエリスはどこか嫌そうに眉を下げて

顔をそらした。


 「私なりに気持ちは込めた」


 「嘘つけ!絶対ぇ込めて――」


 「《強制送還(ラントレ)》!」


 エリスが呪文を唱えた直後、フード男を白いモヤが包み始める。

 

 「待て!?まだ話は終わってねぇ――テンメェェッ!!」


 賊のような捨てゼリフを叫びながらフード男は地上から姿を消した。

 1人になったエリスはその場所を軽く睨みつける。


 「やっぱり常時連れて歩けないわね。すぐに誰かの怒りを刺激しそうだもの」


 そう呟くと先ほどよりもスピードを早めて歩き出した。




 エリスが町を出て少ししてからフード男の魔法が解けて人々が動き出す。彼等はしばらくぼんやりとしていたが、

まるで何事も無かったかのように賑わいを取り戻していった。

 人々は誤魔化せたが、魔術道具までは誤魔化せなかった。

 アレキサンドル城内の1室に争い防止の為に高位度の魔力を感知する道具が置いてあり、それがカタカタと音を鳴らしていたのだ。

 城専属の魔法使い達が集まって首をひねりながらも話し合っている。


 「さっきからずっと鳴り止まないのだが……」


 「誤作動じゃないのか?」


 「これは最新型だ。昨日入ったばかりだから壊れているなんてことはないと思うが………。

 ひとまず城下町に行ってみよう。間違っていなければ呪文が使われた場所で一層音が激しく鳴るからな」


 魔法使い達は頷くと道具を持って部屋を出て行った。

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