第37録 エベロス帝国
アレキサンドルから1日歩いた所にあるエベロス帝国。
帝国と聞くと厳しい法律で国民達を支配していそうなイメージだが、エベロスはそれに当てはまらず、城下町は国民や商人達で賑わっている。
城下町にの奥にある要塞のような頑丈な城の一室で、紫色の髪を後ろで1つ結びにした女が1枚の紙を見ながら首を捻っていた。エベロス家第1王女のアンナだ。
「うーん、どうなっているんだ?」
「アンナ、ここに居たのか」
「兄上⁉」
ドアが開きアンナと同じ色の短髪の男が顔を覗かせる。兄のレインだった。
「ん、考え事か?」
「あぁ……」
アンナは表情を変えずにレインに紙を見せる。
それはエリスの今の姿の手配書だった。
「これはテオドールの……。確かアンナが持ってきてくれたやつだな」
「そうなんだが、私も部下から預かったんだ。
なんでも、いきなりフードを被った男に渡されたらしい」
「アレキサンドルに送り込んでるスパイからじゃないのか?」
「いや、どうも違うみたいなんだ。左目を髪で覆っててよく顔は見えなかったそうなんだが、アレキサンドルに送った者じゃないってさ」
2人はそれぞれ騎士団長を務めており、部下を1人ずつアレキサンドルに紛れ込ませていた。
アンナの言葉を聞いてレインも首を傾げる。
「スパイではない?なら、何者なんだ?
なぜ俺達にわざわざ知らせたんだ?」
「だからさっきから唸ってるんだ。一般民ではないと思うんだが。
部下達はその件からフードの男が町に居ないか注意して見ているそうなんだが、見つけられていない」
「敵ではなさそうだな。もしそうなら手配書なんか渡さずに町で暴れているはずだ」
レインはそう言った後、一息ついてまた口を開く。
「それにしてもまさか本当にテオドールがいるなんて思わなかった。自分達が魔力が高い事を知っていたから隠れ住んでいたのか」
「そのようだな。どうにかしてこっちに引き込みたい。絵を見る限りじゃ大人しそうだし、話次第か。
イレーネにも同じ物を送ったんだが返事がないな。まぁ、ただでさえ返事遅いけど」
「……アンナ、それはいつ送ったんだ?」
「7日前」
少し眉をつり上げて言うレインにアンナは全く臆さずに返答する。
「遅い⁉まさか返事を書くためだけに何日も頭を悩ませているのか?」
「そうだと思う。イレーネは心配性だからな。
だからって私達への手紙も早く返せないのは少し心配だな、はははッ」
少し笑いながら言うアンナにレインは呆れている。
「……笑い事じゃないぞ。イレーネがドワーフ達の所に行ってから何年経つ?」
「さぁ?5年は過ぎてるんじゃないか?」
「いくら優しいからって掛かり過ぎだろう⁉普通は2、3年だぞ⁉
今度は俺が手紙を書く!少し厳しくしてもらわないとな!」
「イレーネ、さらにビビりそうだな。引き籠もってなければいいが……」
躍起になるレインを見ながらアンナは肩をすくめた。
そして思い出したように小さく声を上げる。
「そういえば兄上は私に用があって来たんじゃないのか?」
「ああ、忘れる所だった。俺の部下からの報告なんだが、どうやらアレキサンドルが本格的に準備しているみたいなんだ」
「戦争の……だよな?テオドールの存在がわかったからか?」
「おそらくは。すでにアレキサンドルの手中かもしれないが」
レインは真剣な表情で言った。アンナも眉間にシワを寄せて頷く。
「わかった……。戦争のことは重鎮には伝えておくよ。あまり多くの人に知らせてしまうと国民の不安を煽ることにからな」
「頼むぞ」
レインはそう言うと廊下をキョロキョロと見回してから部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りながらアンナがポツリと呟く。
「兄上も何か隠しているみたいなんだよな。コソコソしているというか、周囲を警戒しているというか。聞きそびれてしまった……」