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第35録 イレーネ・エベロス

 イレーネの家は他の家より少し高い位置にあった。

やはり王族だからだろうか、家の造りに合わせて調度品も木製の物が多いが質の高い材料が使われており、品度が違う。

 部屋の隅に木製のベッドがあり、傍には剣が3本立てかけられていた。手入れはしっかりされているようで刃が銀色に光っている。 

 イレーネは肩まである紫髪を揺らしてテーブルの側に積み上げられているイスを降ろすとエリス達に座るように促した。


 「ど、どうぞ座ってください」


 「お言葉に甘えて……。あ、後ろの相棒はイスはいらないから1つで大丈夫」


 「あ、相棒さんだったんですね。てっきりゴーストかと思って――ひいっ⁉」


 モンスターだと思われていたことに不快感を示したベルゼブブに睨まれて、イレーネは跳び上がる。それからベルゼブブをおそるおそる見ながらゆっくりとした動作で出そうとしていたイスを片付けた。

 そしてテーブルを挟んでエリスの正面に腰かけるとソワソワした様子で口を開く。


 「お、お話の前に確認なんですけど、あなたはテオドールさんですか?」


 「………………」


 直後、表情を険しくしたエリスを見てイレーネは慌てて弁明した。


 「ま、間違えていたらごめんなさい!でもソックリで」


 そう言って服のポケットから1枚の紙を取り出してエリスに見せる。そこには今のエリスと変わらない姿の絵が描かれた。


 「ど、どうなんでしょう?」


 エリスはチラリとベルゼブブを見たがノーリアクションなため、諦めたように息をつくとイレーネに向き直る。そして一呼吸おいてから口を開いた。


 「……私はエリス・テオドール、本人です」


 自分のとってしまったリアクションと、ここまで情報が揃っていれば隠し通せないと考えたエリスは素性を明かした。声のトーンも通常通りだ。


 「や、やっぱりそうだったんですね。あ、何かするわけではありませんので!確認しておきたかっただけです!」


 「なぜですか?手配書をお持ちだということは、何か言われているのではないのですか?」


 エリスの言葉を聞くとイレーネはハッと目を見張って少し顔をそらした。それから視線だけをエリスの方に向けてボソボソと話し始める。


 「はい……お兄様達からは、もし見かけたら知らせてほしいとお手紙を貰いました。おそらく、アレキサンドルさんとの戦いを止めるのを手伝ってほしいからだと思います」


 「手伝い……」


 「お、お手伝いと言っても戦いには参加することになるでしょうけど。

 私達エベロス家はあまり魔法に詳しくありません。それに国内にも魔法に詳しい人は少ないんです。なので、エリスさんに聞きながら対策を練って相手を無力化したいんだと思います」


 イレーネは少しずつエリスに向き直りながら話を続けていた。そんな彼女の様子を伺いながらエリスは怪訝そうな表情をする。


 「ですが、あなたは何もしないと先ほど……」


 「は、はい。確かにエリスさんに手伝ってもらえれば戦いを終わらせることができるもしれませんが、関係のない方を巻き込むのはどうかと思って」


 「……このまま私を帰したとして、そのうちアレキサンドルに捕まって、戦いに負けてもよいのですか?」


 エリスの言葉を聞くとイレーネは俯いた。しかしすぐに顔を上げると目に不安を浮かべながらもゆっくりと口を開く。


 「それは……よくないです。負けてしまったら国民の信頼がなくなります。それに捕虜になんてなりたくありません。

  で、でも、エリスさんも急にエベロスに来てくださいと言われても困りますよね?」


 「そうですね……少し考える時間を頂けると嬉しいです」


 どこか困惑したように言うエリスを見て、壁に寄りかかって聞いていたベルゼブブは意外そうに眉を上げた。


 「で、ですよね?私も同じことを言われたら困っちゃいますし。じっくり考えていてだいて大丈夫ですよ」


 「じっくり考えたいのですが、アレキサンドルがこの大陸に目をつけているはずです。なので急いで答えを出さないといけません」


 「じゃあ今日はここに泊まっていかれてはどうですか?空き家ならありますし。それにもしアレキサンドルさんが来て戦いが起こりそうになっても、

おじ様達がどうにかしてくれますから」


 「お気遣いありがとうございます。ですが、ドワーフの皆さんとイレーネさんに迷惑がかかるので。それにロイトさんに報告もしないといけないので今日は帰りますね」


 「そ、そうですか……」


 イレーネは残念そうに眉を下げる。エリスは立ち上がろうとしたが何かを思い出したように小さく声を上げると再び座って口を開いた。


 「帰る前に1つお尋ねしてもいいですか?」


 「ど、どうぞ……」


 「アレキサンドルとエベロスが争う事になったきっかけってわかりますか?」 


 「うーん、私もよくわかっていませんが、いきなりアレキサンドルの人がエベロスの城下町で魔法を使って暴れたのが原因みたいなんです……。

 それでお互いにピリピリし始めて今に至っていると思います」


 「城下町で暴れる前にアレキサンドル側で何かがあったんでしょうね……」


 「は、はい……。私達もそのように考えてはいるのですが行き詰まってて。

 王族クラスの人に聞かないとわからないかと……」


 「今までの争いで王族同士がぶつかったことはないのですか?」

 

 するとイレーネは申しわけなさそうに体を小さく丸める。


 「す、すみません、わからないです。私は参加した事がないし、お兄様やお姉様に聞いても結果しか教えてくれなくて……」


 「明らかに何か隠してますよね?」


 「そうなんですけど、お母様から口止めされているのかもしれません。

お母様が1番強いので……逆らえないんです」


 イレーネは小さなため息をつく。エベロス王族にも何か深い事情があるようだ。


 「……話を変えますけど、お兄さんとお姉さんがいらっしゃるのですね?」


 「あ、はい。お兄様とお姉様が1人ずつ。2人共とても強くて、私なんか足元にも及ばなくて……。

  わ、私がなかなかモンスターを倒せないからなのはわかっているのですけど、戦いなんて大嫌いです」


 「イレーネさんの意見には共感しますよ。でも、必要な時に迷いなくモンスターを倒せるぐらいには鍛錬しておいた方が良いかと思います」


 「あ、あのどうやったらモンスターを倒せるのですか?」


 モンスターの倒し方を聞かれるとは思っていなかったエリスは軽く目を開いたあと、考え込む。

 自分のやり方を振り返るようにゆっくりと話しだした。


 「私は、仕方が無いのでなるべく苦しみを与えないようにすぐケリをつけます。そうですね……剣だったら真っ二つに斬るとか」


 「真っ二つ⁉」


 顔を青くするイレーネにエリスは少し呆れて目を細める。


 「最初にお会いした時にヒートスライムを斬れるようになったと仰っていましたけど、その時はどのように?」


 「そ、それが無我夢中で覚えてなくて……気づいたら消えてました……」


 「まず意識がしっかりしてる時にヒートスライムを斬れるようにならないといけないのでは?」


 エリスの的を得た発言にイレーネはうつむいた。しかしすぐに顔を上げるとエリス見つめる。


 「す、少しずつ、頑張ります……」


 「…………。

  忙しい所、話をしてくださってありがとうございました。

 ドワーフさんと取り引きしていたのを思い出したので、そろそろ失礼しますね」


 「そ、そうだったのですか。では、考えが決まったら教えてくださいね」


 エリスはイレーネに軽く頭を下げる。イレーネも同じ動作をした後、小さく手を振った。 




 集落の中央にある広場でエリスは足を止めて重い息を吐いた。浮かない表情で地面を凝視している。


 「エベロスにも何かあるみたいね……」


 「らしいな。アレキサンドルといい、人間は面白い。

  それはそうとお前、なぜエベロスから誘われた時に行くと言わなかった?

アレキサンドルよりエベロスの方が安全だろ?てっきり即答するかと思ってたぜ」

 

 「私でもよくわからなくて……」


 「は?」


 想定外の回答にベルゼブブは唖然とした。すぐに眉をつり上げてエリスに詰め寄る。


 「自分がどうしたいのかわからねぇってことか?」


 「考えが纏まっていないの。

  彼等とは関わりはないけど、アレキサンドルとエベロスの戦いは終わらせたい。でも、死者を出すわけには……」


 「お前な、死者が出ない国同士の戦争なんてあると思うか?もしあるとしたらそれは戦争じゃねぇ」


 「……そうね。

  ひとまず薬の材料を集めに行くから」


 ベルゼブブは話をそらしたエリスを軽く睨んだが、今問い詰めても意味はないと諦めてため息をついた。そしてエリスから少し距離を取ると外を集落の外を指差す。 


 「ああ、そうだ。薬屋に帰る前に行きたい所がある。寄らせろ」


 「それぐらい大丈夫だけど……?」


 エリスは首を傾げながらもベルゼブブの後を追う。 

 ベルゼブブが足を止めたのは最初に訪れた海岸だった。なぜここで立ち止まったのかがわからず、エリスは怪訝そうに眉をひそめている。

 ベルゼブブはエリスに向き直ると両手を真横に広げて呪文を唱えた。


 「《硬い防壁(デュールバリア)》」 

 

 「……何のつもり?」


 「オレ様は退屈なんだよ。お前がテオドールだから少しガツガツした状態を期待してたんだが、正直つまらねぇ」


 「だからってこんな大掛かりなもの張らなくても」


 透きとおった紫色のバリアに閉じこめられたエリスはますます眉をしかめた。


 「大掛かり?オレ様からしちゃこれが普通だぜ?

  さあ、オレ様を満たせ!!エリス・テオドール!!」

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