第32録 動向
「テオドール1人捕らえるのにあと何日あれば足りる?」
アレキサンドル城、王座の間。ラング王の怒りを含んだ
静かな声が響く。
「大陸中探し回っても見つからねぇんだから仕方がねぇだろ!!それにオヤジが泳がせておけって言ったんじゃねぇか⁉」
「まさかここまで時間がかかるとは思っていなかったのだ。
お前達には「探知石」まで渡しているというのに何も進捗がないとは」
「そもそも反応しねぇんだよ!これ、偽物じゃないのか⁉」
グラドは懐から「探知石」を取り出すとラング王に突きつける。実はエリスと対峙したときに光を放っていたのだが、袋に入れていたためグラドは気がつかなかったのだ。するとジョルジュが遠慮がちに口を挟む。
「本物なのは間違いないよ、グラド。私のが反応したからね」
「いつだよ!?」
「グラドと分かれて行動していたときだな。
となるとリヤン大陸か」
「は、はい」
ジョルジュは周囲にリヤン大陸でエリスと遭遇し、取り逃がしたと嘘の報告をしていた。本当のことを話せば非難と失望の目に晒されるのは間違いないからだ。
ラング王は深く息をついてから口を開く。
「テオドールはそこに居る可能性が高い」
「でもよぉ、つい最近までこっちに居たんだぜ?向こうに行くとしても船に乗らなきゃいけねぇし、調査で引っかかってるはずだろ?」
すかさずグラドが反応する。ラング王は小さく息を吐くと目を閉じた。
「魔法は多岐にわたる。転移魔法はないが浮遊魔法はある。それに水中で呼吸ができる魔法もな。
船を利用せずに大陸を渡るなど、魔法を使えば造作もない」
「じゃあ、テオドールは調査を受けずに今もリヤン大陸に居るってことかよ⁉」
「先ほどからそう言っている。まだ手配書の事は知られていないと思うからな。絶好の潜伏場所だろう」
「しかし、リヤン大陸を統治している者は居ません。
少し見ただけなので確証はありませんが、各々が干渉しすぎないように生活を送っていました」
ジョルジュが口を挟むとラング王は目を開いて少し唸った。
「む、そうだったな。あの大陸の民は騒ぎを嫌う。
2人でテオドールを捕らえてこい。いくら魔力が高いとはいえお前達には敵うまい」
「わかったぜ、オヤジ!」
「……………」
威勢の良い返事をしたグラドと対照的にジョルジュは目を伏せて小さく頷いた。
ラング王はしばらく2人を眺めてきたが、ふと思い出したように口を開く。
「お前達が話していたテオドールの使い魔はそんなに強いのか?」
「普通に使い魔よりはな!魔力量はそうでもなかったぜ。
圧は少しあったがテオドールのだったしよ。確かに動きは
すばしっこかったが前もってテオドールと話してたんだろ」
「とはいえ、テオドールが並の使い魔を使役するとは考えにくい。上級でまだ実力を隠しているかもな」
「はぁ⁉試されてたっていうのかよ⁉俺は⁉」
「グラド、落ち着いて。なんとなくだけど父上の言うことは合ってると想うんだ。私も使い魔を見たけど並以上では
あると思ったし」
ジョルジュの言葉を聞くとグラドは少し落ち着きを取り戻した。しかし怒りからかまだ顔が赤い。
「対峙するときは心してかかれ。お前達の活躍を期待している」
言い終えるラング王は振り向きもせず奥の部屋に姿を消した。ジョルジュとグラドは無言で後ろ姿を見送るとゆっくり顔を合わせる。
「……だってさ、グラド。頑張ろうね」
「頑張るも何もぜってぇ捕まえてやる!フード野郎に一泡吹かせてからな!」
グラドは再び顔を真っ赤にさせると拳を震わせた。
以前ベルゼブブに涼しい顔で魔法を避けられたのが相当頭にきているようだ。
「うん、じゃあ一応作戦を練ろうか。さすかに行き当たりばったりで行くと負けるだろうからね」
「……アニキがそう言うんなら仕方ねぇな」
負けるという言葉に反応したのか、不満そうに口を曲げながら言うグラドをジョルジュはたしなめながら王座の間を後にした。
一方、奥の部屋――自室に戻ったラング王はいつになく柔らかい目つきで壁の一点を見つめていた。そこには額の中で1人の女性が微笑んでいる。
するとどこからともなく声が響いてきた。
『めずらしーじゃん。オーサマがそんな顔するなんて』
ラング王はハッとすると素早く目つきを鋭くして空を睨みつける。するとそこから女が眼前に姿を現した。ベルゼブブ達と同じようにローブフードを身にまとっているもののフードは被っていないため、肩にかかる長さの赤紫色のカールした髪が顕になっていた。
ラング王を前にしても物怖じするどころか挑発するように
ニンマリと口角を上げている。
「急に話しかけてくるな」
「アハハ、ごめんごめんー。つい、ね。
それよりさー、そんなにテオドール?欲しいの?」
「当たり前だ。テオドールを手に入れればエベロスの奴等に一泡吹かせられる。こちら側が一気に有利になるのだ!」
ラング王の瞳は憎悪に満ちていた。それを見た女は嘲笑うように目を細める。
「必死だねー。なかなか手に入らないモノがあると燃えてくるタイプ?」
「エベロスに復讐できればそれでよいのだ!」
「プッ、アハハハハハッ!」
笑い出した女をラング王は今までよりも鋭い目つきで睨みつけた。女は気づかずに笑い続ける。
「何がおかしい⁉」
「ハハハッ!だって復讐ごときでこんなに必死になってる人初めて見たんだもんー」
「お前達悪魔にとっては当たり前かも知れんが、ワシにとっては大事なのだ!」
「はいはいー、オーサマがそう言うなら笑うのやめるー。オーサマ怒ったら怖いし。
それはそうとアタシと「契約」結んでること、まだ子に話してないのー?』
「初代からの誓約なのだから仕方あるまい。それに悪魔と言われてそう簡単に信じると思うか?」
落ち着きを取り戻したラング王から尋ねられて女は少し考え込んでいたが、すぐにニンマリと笑う。
「んー、思わない。だってそんなに知られていないんでしょ?アタシ達の存在」
「一般的には知られている。だが、身近にいるとは思っていないだけだ」
「へー、そうなんだー。
そういえばさ、テオドール?は1人?使い魔とかいないわけ?」
「使い魔がいるそうだ。おそらく上級だろう。だが、使い魔である以上お前には敵うまい、ベリアル」
「うん、使い魔なんてアタシの敵じゃないよー。
じゃ、必要になったら喚んでよねー」
女――ベリアルは楽観的に答えると姿を消した。
ラング王は大きく息をつくと再び壁の女性を見つめる。
「あと少しで仇を討てるぞ……メリア」