29録 ロイトとの再会
「オレ様を運び屋扱いとはイイ度胸じゃねぇか」
リヤン大陸、マーレ港から少し離れた海岸。雲ひとつない青空が広がっているのに、相変わらずフードを被ったままのベルゼブブがエリスを睨んでいた。どうやら船に乗らずに彼に運んでもらったらしい。
「自分で海の上歩けよ。朝飯前だろうが」
「ローブ姿が2つも海の上歩いてたらブキミに思われるから……。そ、それに、今回が最初で最後。手配書も新しくなってるだろうし、シーポルトで船に乗せてもらうのは厳しいと思って……」
エリスの言うことは最もで、初めて乗船した時はかなり危なかった。アザゼルの介入によりどうにか免れたが、今は一緒ではない。
ベルゼブブは大きなため息をつくとエリスから顔をそらした。
「フン……2度と運ばねぇからな」
「うん。ありがとう……」
「もっと感謝してくれてもいいんだぜ?
で、今からどうすんだよ?」
「今度はシーポルト以外の所に行こうと思ってる」
「ほー、別にどうでもいいけどよ。地理分かんのか?」
目を泳がせながらうつむいたエリスを横目で見て、
ベルゼブブは再びため息をつく。
「薬屋にでも聞きに行こうぜ」
「うん……」
薬屋とはロイトのことだ。マーレ港に店を開いていて、立ち寄ったエリスに気前よくしてくれた人物だ。
街道へ出る道を探していると波打ち際に人影が1つあり、 身をかがめて砂を掘っている。エリスがおそるおそる近づくと、足音で察したのか勢いよく振り返った。
「あ、エス⁉」
「ロイトさん⁉」
ロイトが立ち上がってエリスに近寄る。
潮風のせいで茶色の髪が湿っていた。
「少しぶりだね。こんなところで何してるの?」
「き、休憩を……。ロイトさんは?」
「僕?僕は素材集め。ここにはヒール貝があるからね。内服薬の材料になるんだ。
観光は終わった?けっこう広いでしょ?」
「え、えっと……」
言葉に詰まったエリスを見てロイトは不思議そうに首を傾げる。慌てたエリスは会話を続けた。
「い、いろいろあったから、話をしたくて……」
「そう?じゃあ店に戻ろうか。ああ、僕のことなら気にしないで。量なら集まったから。
ついてきて!」
先導を始めたロイトを追おうとしたエリスのフードをベルゼブブが掴んだため、首がしまってエリスが苦しげに声を漏らす。
「お前、まさか全部話す気か?」
「性別偽ってたことと、追われてる身だってことは話そうと思う。
前者はバレてるかもしれないけど」
「やめとけ。もしここにお前の情報が来てたらどうする?
アレキサンドルに差し出すかもしれねぇんだぞ?」
「ロイトさんはそんなことしないと思うけど……」
「上辺だけだったらどうすんだよ。
それにイカナ村でのことを忘れたのか?たまたま外から帰ってきてたヤツだったとはいえ、金欲しさに密告したじゃねぇか」
複雑な表情で黙り込んだエリスを見下ろしながらベルゼブブが話を続けた。
「あと、最初は黙っといてやったが薬屋は自分で自分に封印魔法かけてるんだよ。
お前は感じ取れなかっただろうがな」
「じゃあ、一般人じゃないってこと?」
「ああ。知ってるだろうが、封印魔法の難易度は高めだ。それをわざわざ自分にかけてんだぞ。
魔力高いぜ、薬屋」
エリスはベルゼブブが言ったことに対してもだが、彼が忠告したことに驚いていた。「契約」を守ろうとしているといえばそれで済んでしまうが、妙に優しいことに違和感を覚え始めている。
「どうしたらいいの?」
「さぁな、それはお前が考えろ。まぁ、争いが嫌いってのは間違いないだろうがな。味方とは断定できん」
「おーーい、来ないのかーーい?」
「い、今行く!」
ロイトに促されてエリスは慌てて走り出した。その様子を眺めながらベルゼブブも歩みを進める。
「なんか一悶着ありそうだな」
店に戻るとロイトは奥の部屋にエリスとベルゼブブを案内した。
台所と調合室を兼ねていて、左側には様々な大きさのツボ、壁に備え付けられた棚にはビンがギッチリ並べられている。
ロイトは2人に座るように促してから自分も腰かけた。
しかし、ベルゼブブがエリスの後ろに建っていることに気づくと声をかける。
「あれ?使い魔は座らないの?」
「立っているのが好きみたいで」
「そうなんだね。わかったよ。
それで、いろいろあったって言うのは?」
「その前に1件謝らせてください。性別を偽っていてすみませんでした」
「え?つまり、エスは女の子ってこと?」
「はい……」
頭を下げているエリスをまじまじと見つめた後、ロイトは大げさにのけぞった。
「うっそぉ⁉ほんとに⁉」
「は、はい。てっきりバレているのかと思いました」
「いや、僕は完全にエスのこと男の子だと思ってた。
そうだったんだ……。なんかごめんね」
予想外のロイトの反応にエリスは驚いて横目でベルゼブブを見たが、彼は全く気に留めずロイトを注視している。
「うん、エスが言いたいこと何となくわかったかも。性別を偽っていたぐらいだから、タダモノじゃないんでしょ?」
「……………………」
「あ、そんな警戒しないで!
リヤン大陸の住民は種族関係なく争いが嫌いなんだ。
まぁ、騒ぎごとには関わらないって感じなんだけどね」
とっさに身を引いたエリスをなだめながらロイトが話を続けた。
ベルゼブブの視線には気づいていないようだ。
「エスを追ってる人たちもリヤン大陸のことは知ってるはず。
騒ぎを起こしたら住民にボコボコにされるってね」
「ボコボコ⁉」
「うん。騒ぎを起こした人には鉄槌。反省・謝罪の言葉を口にするか、
その気がなければ気絶するまでボコボコ。そんなことする人なんてほとんどいないけど」
さらりと言ってのけるロイトにエリスは顔をひきつらせる。
しかしすぐに目を伏せておずおずと口を開いた。
「ロイトさんは、黙っていてくれるんですか?」
「もちろんさ!それにエスは大事な同業者だからね!」
キッパリと言い切ったロイトを見てエリスは安心したように息をつく。
ロイトもどこかホッとした表情を見せた。
「それで1つ提案なんだけど、まだ住む場所とかも決まってないんでしょ?
狭いけど僕の店を仮住まいにしていいよ。エスがよければだけど」
エリスは戸惑いながらベルゼブブを見る。確かに宿すら見つけていないが、こうも事がうまく運びすぎて、表情に不安が現れている。
しかしベルゼブブは目を閉じて腕を組んだままで、口を開く気配がなかった。
自分で考えろという意図を汲み取ったエリスはロイトの目をしっかり見る。
「お、お世話になります……。迷惑だったらすぐに言ってください」
「迷惑だなんてとんでもない!あ、でも素材集めとか手伝ってもらうかも」
「できることはお手伝いしますので!」
「うん、じゃあ時々お手伝いを頼もうかな。
そうそう、生活スペースは2階なんだ。ちょっと片付けて――」
「待て、薬屋」
立ち上がろうとしたロイトがベルゼブブに声をかけられて固まった。
そして驚いたように彼を見る。
「…………君、喋れたの?」
「そんなことはどうでもいい。今からオレ様の言う問いに答えろ。
自分に封印魔法をかけているのは何故だ?」
ベルゼブブの言葉を聞くとロイトは目を大きく見開いた。