第2録 毒の治療
イカナ村から西に位置する王国都市アレキサンドル。
魔力の高い一家、アレキサンドルが統治しており、
アンスタン大陸の中でも1、2の賑わいを見せる。
住民・冒険者、多くの人々で賑わう店並びの片隅で
エリスは薬を売っていた。
そこそこ繁盛しているようで数人が列を作っている。
「すみません、そこの切り傷に効く薬ください」
「かしこまりました。180オールになります」
「180オールね。はい」
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
エリスは代金と引き換えに薬を男性に渡すと、彼はお礼を言ってから立ち去る。すぐに並んでいた女性がエリスに話しかけた。
「ここ、痛み止めって売ってますか?子供が腕が痛いって言っていて……」
「腕の痛み止めですね。調合するので少しお時間いただきますがよろしいですか?」
「はい。今日中に頂ければいつでも」
「分かりました。腕の痛みは物にぶつけたとかですか?」
エリスの質問に女性は少しオドオドしながら口を開く。
「……えっと私が少し目を離した隙に町の外に出ちゃった
みたいで。それでハチに刺されたって……」
「ハチってこの辺りにいるポイズンビーの事では?」
「はい……おそらくは……」
ポイズンビーは名前の通り毒を持っているハチだ。幼少期の子どもの頭ほどの体長があり、刺されると全身が痺れて高熱にうなされる。
命は落とさないが治療が遅れれば後遺症が残ってしまう。
また、温暖な場所を好むため、年中気温差がない
アンスタン大陸は格好の繁殖地だった。
エリスは血相を変えると地面に手を向けて呪文を唱える。
「アンヴォカシオン‼」
すると地面に黒い魔法陣が描かれ、その中心からフードを
被った人のようなものが出てくる。使い魔のようだ。
「店番お願い!」
「……リョーカイ……」
「子どもさんの所まで案内してください!」
エリスはフードの人形の返事を聞くと腰に下げれる大きさの皮袋に調剤道具をつめてを持って女性に駆け寄った。
女性はエリスが使い魔を喚び出した事に驚いていたが、
ハッと我に返ると先導し始める。
「は、はいっ!こっちです!」
町の入口の近くにある巨木の影の下で男の子が横たわっていた。顔が赤く、苦しそうに息をしている。
「熱が出始めてますね。急がないと……」
「……治りますか?」
「大丈夫です。治します。
申し訳ないですが治療している間は私に
話しかけないでください」
「は、はい!」
女性は大きく頷くとエリスの邪魔にならないように隅の方へ移動する。エリスはそれを確認すると持ってきた袋から道具を取り出して治療を始めた。
数十分後、エリスが息をついて道具を片付け始めた。
静かに様子を見守っていた女性が声をかける。
「あ、あの……子どもは……」
「解毒薬を作って飲ませました。毒は心配しなくても大丈夫です。熱は2日ほど続くと思いますが、
安静にしていれば下がります」
「本当になんとお礼を言ったらいいのか、
ありがとうございます。
……それにしても、薬学もすごいけど、お供を喚べるなんて
あなたは優秀な魔法使いなのね。
この辺りのモンスターなら簡単に倒しそうなぐらい」
女性のエリスに対する好感度が一気に上がったらしく、
急に砕けた口調になっていた。
エリスはどこか悲しそうに目を伏せると、
調薬道具を片付けながら口を開く。
「……平均的な魔法使いです。私は薬売りを中心に活動しているので、戦いのために魔法を使うことは滅多にありません。
今のように仕方がなく使うこともありますが……」
「それでもすごいわ。私にもあなたと同じぐらいの息子が
いるのだけど魔法が全然ダメでね。きっと私の方を強く
受け継いじゃったのね。私が全く魔法を使えないの」
そこまで話して女性はハッとして顔を赤くすると
気まずそうに目をそらした。
「あ、お仕事の邪魔しちゃいけませんね。
長男と近い年みたいだから、つい……」
「いえ、お気になさらないでください。
もし何かあれば日が落ちるぐらいまではここに
留まるつもりですので、また訪ねてください。
では、失礼します」
「わかりました!本当にありがとうございました!」
女性は何度も頭を下げた。エリスは女性に念の為と言って
解熱剤を渡すとその場を後にする。
女性はエリスの姿が見えなくなってもしばらく
頭を下げたままだった。