第27録 不審感
アレキサンドル城の王座の間。白髪混じりの薄い金髪に暗い赤色のローブを身に纏ったラング・アレキサンドルがゆったりと腰掛けていた。
そんな父・ラング王に向かってグラドが怯みもずに叫んでいる。
「オヤジ!今すぐ行かせてくれ!テオドールがイカナ村にいるのは間違いねぇんだ!」
「そう焦るな、グラド。追跡魔法を解かれたとはいえ、
テオドールの存在はわかっているのだから、少し泳がせておけ。ワシらの手に落ちれば2度と自由にはなれんのだからな」
「だからって見逃すのかよ⁉テオドールは手負いだし、またとないチャンスだろ⁉」
「でもグラドも手負いだよね?それに使い魔をどうにかしないといけないんでしょ?」
後ろで困ったように眉を下げて聞いていたジョルジュが口を挟むと、すかさずグラドがかみつく。
「使い魔については聞いてなかったからな!不意をつかれただけだ!
今度は負けねぇ!それに村の奴らもだ!全員連行してやる!」
「それはやめておけ。イカナ村は納税を欠かしておらん。邪魔はしておるが、そんなことで全員連行したら困るのは我々だ」
ラング王は眉1つ動かさずに言い放つと、立ち上がって奥の部屋に姿を消した。この行動は会話の終了を表しており、反論すらできなかったグラドは歯ぎしりをする。そんな彼を見てジョルジュは冷静に諭そうとした。
「納得いかないかもしれないけど、父さんの言うことは正しいよ。
後々恨まれて、税を納めてくれなくなったらどうするんだい?」
「だったら脅して無理矢理にでも納めさせたらいいだろ!」
「そうしたら反感しか買わないよ。それに国内でも不満が上がるかもね」
正論とは言え共感すらされなかったグラドは舌打ちすると、あからさまに 話題を変える。
「それにしてもテオドールめ!騎士どころか俺に傷つける
なんて絶対に許さねぇ!」
「グラド。怒りに燃えてるところ悪いんだけど、
本当にテオドールが?」
「俺を疑うのかよ⁉あいつは電撃で騎士を瞬殺したんだ!
あまりにも早すぎて何もできなかったんだよ!」
勢いで言われたジョルジュはどこか悲しそうに目を伏せた。
「そう……。それとあんまり叫ばない方がいいんじゃない?
ケガに響くよ?」
「ケガしてねぇよ!少し鎖で縛られただけだ!
あー!思い出しただけでもムカつく!またあいつら
ボコボコにしてきてやろう!」
あいつらとは、ほぼ毎日行われる訓練に参加している騎士や魔法使い達のことだ。グラドは度々それに参加し、圧倒的な魔力で参加者を打ち負かしていた。
「腹いせはよくないよ。最近、訓練の参加者が減ってるの知ってる?」
「んなもん知るかよ!あいつらが耐えられねぇだけだろ。
とにかく、俺は行ってくるからな!」
大きな足音を立てて王座の間を出ていったグラドの後ろ姿を見て、ジョルジュは小さく息をつく。
「力を示すのも大事なんだけどね、それじゃあ限られた人しかついてこないよ」
誰かに言い聞かせるように呟いてから白いとんがり帽子を被り直すと、王座の間を後にした。
ジョルジュが廊下を歩いていると、前方に騎士隊長のルドンの姿を見つけて声をかける。
「ああ、ルドン。お疲れ様」
「はっ、ジョルジュ様!お疲れ様でございます!」
ルドンは素早く振り返ると敬礼した。ジョルジュは微笑むと少し目を伏せて話し出す。
「災難だったね。君の部隊のところも2人やられてしまったんだろう?」
「はい。2人とも立派な騎士でした。
で、ですが、その……」
「話しにくい事なら移動しようか?」
「は、はい。ならば我々の兵舎で……」
兵舎に辿り着くとルドンはジョルジュを先に入らせ、イスに座るように促したあと自分も腰掛ける。
訓練の最中で中はもぬけの殻のため、話し合いにはうってつけの場所だった。
「お気遣いありがとうございます、ジョルジュ様」
「私もルドンと話しておきたかったから、ちょうどよかったよ。廊下で話すにはテーマが重いからね。
それで、続きを話してもらえるかい?」
「は……。おそれながら申し上げますが、私にはテオドールが簡単に命を奪うような人物とは見えなかったのです」
ルドンはパッカツからアレキサンドルに護送するときにエリスと会っていた。短い時間ではあったが、ルドンにとっては充分記憶に残る出来事だ。
ジョルジュはハッとしてから、すぐに目を輝かせる。
「そうか!ルドンもテオドールと会っていたんだったね!」
「は、はい。ジョルジュ様から拘束魔法をかけられていたとはいえ、解いて逃げることくらい簡単だったのではないかと。しかし彼女はおとなしくしていました」
「最初、逃げる意志は無かったってことだよね。どうして今、私達から逃げているのかは気になるところではあるけど。
でもよかった。私もルドンと同じ考えなんだ。テオドールがそんなことをするなんて考えにくい。まぁ本性を表したと言ったらそれまでなんだけどね」
「ですが、騎士が数名亡くなったのは事実です。テオドールではないのならいったい誰が?」
「テオドールについてる使い魔君か……グラド」
「つ、使い魔?とグラド様ですか⁉」
さらりと言ったジョルジュにルドンは言葉を失った。使い魔はともかく、弟の名が出てくるとは思わなかったからだ。
「うん。
実はね、捜索を抜きにしてテオドールに1回会ったんだ。
ちゃんと話も聞いてもらえたよ。
それで、その時に使い魔君を見たんだけどタダモノじゃない感じがしてね。上級使い魔だとは思ってるんだけど」
「ジ、ジョルジュ様、お恥ずかしながら、自分は魔法には疎く……」
「あれ、そうだったっけ?ごめんね。じゃあ使い魔について話そう。
使い魔は平均的な魔法使いなら誰でも喚べるんだ。それで、雑用をしてもらったり、一緒にモンスターと戦ってもらったり……まあパートナーみたいな存在かな」
「な、なるほど。その使い魔にも階級があると言うこと
ですね?」
「うん。でも自分の魔力保有量によって喚べる階級が決まってるんだ。
それ以上の階級は喚べないようになってる」
「質問ばかりで恐縮ですが、期限などは?」
「特にないよ。こっちの用が済んだら返還するんだ。中には喚びっぱなしって人もいるみたいだけど。ただ喚び出してる間は魔力を消費するからね。
体調が悪くなってくると返還する人もいるみたい」
ルドンは関心しながら相槌を打っていた。鉄仮面で表情をは見えないものの、適当な返事ではないことがうかがえる。
「そ、それでグラド様の方につきましては?」
「グラドはすぐに頭に血が上ってしまうからね。テオドールを逃がしたことに怒ってやったんじゃないかな。
グラドに聞いても無意味だったから、今度テオドールに会えたら聞いてみるよ。聞けるような状況じゃないかもしれないけどね」
ジョルジュの言葉を聞いたルドンは唸り声を上げた。グラドの日頃の言動からその可能性が充分にある。
少しの間沈黙が流れた。2人とも目線を下に向けていたが、ふとルドンは顔をあげると口を開く。
「ジョルジュ様、1つお尋ねしても?」
「何かな?」
「なぜラング様はテオドールを捕らえることに躍起になっていらっしゃるのでしょうか?」
「私の推測だけど、父上は圧倒的に差をつけてエベロスに勝ちたいんじゃないかな。だから少しずつ戦力を削るために私とグラドには前線に出るなと言ってるし」
「しかし、ジョルジュ様達に前線に出ていただければ一気に戦力を削れるのでは?」
するとジョルジュは軽く笑った。まさか笑われるとは思っていなかったルドンはガチャンと鎧を響かせて焦りを見せる。
「な、何かおかしかったでしょうか?」
「いいや。テオドールも同じこと言ってたなって思い出しただけだよ」
「テ、テオドールがですか?」
「うん。
エベロスとのイザコザの原因は……知ってる?」
「10年前の事件、ですね……」
少し声のトーンを落として言うジョルジュにルドンはしっかりと頷いた。