第24録 グラド・アレキサンドル
シーポルトに戻ったエリスは人々の間を縫って町の入り口を目指していた。
ベルゼブブは明らかに不満を示しながら声をかける。
「おい、何をそんなに必死になってやがる。
放っておきゃいいだろ」
「それはできない。いろいろ協力してもらったんだから」
「お前が追われてるってわかってて協力したんだよな?
なら、自業自得じゃねぇか」
エリスは急に立ち止まると振り向いてベルゼブブを睨みつける。
「間違ってはいないけど見捨てられないの。このまま放っておいたら村の活気がなくなって、最悪、滅びるかもしれ
ない」
「村人全員殺されるってか?さすがにそれはねぇだろ。人間のルールなんざよく分からねぇが、税を取れなくなったら
困るのはアイツらしゃねぇのか?」
ベルゼブブの言うことは間違っていなかった。イカナ村は今まで1度も欠かすことなく税を納めてきており、他の町村に比べると優秀だ。
しかし、向かったのは好戦的だと聞いたグラド・アレキサンドル。現国王ラング・アレキサンドルと似ているのなら、村人全員を連行する可能性が高い。
エリスは睨むのをやめると顔をしかめたまま重々しく口を開く。
「そうだとは思うけど……」
「フン、つくづくお人好しだなお前。自分の立場わかってんだよな?」
「わかってる」
「あっそう。なら、オレ様はこれ以上何も言わねぇ。
後で泣きつくんじゃねぇぞ」
「泣きつきはしない……」
そう言いながらエリスはなぜか気まずそうに目をそらした。その様子を見たベルゼブブが不快感を示す。
「じゃあ何だよ?怒りをオレ様にぶつけるってか?」
「そうじゃないの。ちょっと協力してほしくて……」
「は?」
ベルゼブブは一瞬固まった後、目を釣り上げてエリスに
詰め寄った。
「協力だぁ⁉お前の命に関わることならともかく、お前の
独断だろうが!」
「私1人じゃ難しい」
「敵を蹴散らしてとっとと去ればいいじゃねぇか」
「複数連れて行かれてたら強い魔法は使えない。それに私が捕まる」
「助けに行くの諦めろ。お前が捕まっちゃ意味がねぇ」
エリスの話を聞きながらベルゼブブは呆れて腕を組む。
自分たちが行かなくても何も支障はないはずだが、エリスの利他の心は堅く、協力すると言わない限りこの場から動かなそうだ。
ベルゼブブは盛大にため息をつくとヤケを起こした。
「あ―!もう仕方がねぇな!なら、お前の魔力寄越せ!
有り余ってんだろ⁉」
「う、うん」
肩に手を乗せると紫色の気がベルゼブブの手に吸い込まれていく。手を離すとエリスが少しよろめいた。
「うっ、取り過ぎ」
「アレキサンドルでクズ共喰って以来めっきりなもんでよ。何があるかわからねぇからな。
しばらく姿を消しとくぜ。頃合いを見て助けりゃいいんだろ?」
「お願い。……時間とりすぎた。急がないと」
「なら、こうすりゃいいだろうが!」
言い終わると同時にベルゼブブがエリスを抱え上げてそのままアレキサンドルの方向へ投げ飛ばす。エリスは声にならない悲鳴をあげながら空中を進むハメになった。
シーポルトの人々が何事かと空を見上げている。ベルゼブブは勝ち誇ったように口角を上げると姿を消した。
シーポルトから少し西、街道を5人ほどの部隊が進行している。
その数十メートル先の上空からエリスが落ちてきていた。
「《ウィンドクラウド》!」
地面に向けて風魔法でクッションをつくり、無傷で着地
する。
「やることがムチャクチャだわ。私が悪いけど、他に方法なかったのかしら」
ブツブツ呟きながらエリスは立ち上がろうとして動きを止めた。集団の先頭にいる金髪の青年――グラド・アレキサンドルが見下ろしていたからだ。
グラドがギロリと睨みながら口を開く。
「なんだお前。どっから来やがった?」
「………………」
「どっから来やがったって聞いてんだよ!俺から聞いてやってるのに答えられねぇのか?」
「空からです」
「はぁ!?デタラメ言うなよ!」
声を荒げるグラドを軽く流しながらエリスは部隊を確認した。騎士は全部で5人。そしてその中心にイカナ村の村長がいた。連行されているのは彼1人だけらしい。エリスと目が合うと驚いた表情を見せたが、すぐに何事もなかったかのようにそっぽを向く。知らないフリを決め込んだようだ。
エリスはゆっくり立ち上がるとグラドに視線を合わせる。
「おい、聞いてんのかテメェ!」
「その方を解放してください」
「は?何で会ったばかりのヤツの言うことは聞かなきゃなんねぇんだよ。
それにコイツは罪人なんだ。あのテオドールを匿ってたんだからな!本当なら村のヤツラ全員連れて行くつもりだったが、あまりにも乞いがうるせぇからコイツだけで勘弁してやったんだよ!」
「グ、グラド様!お言葉が過ぎるかとッ!」
感情的になってベラベラと機密情報を話しているグラドを見かねた騎士が止めに入った。
「あ?……そうだな。
で、テメェは何なんだよ。なぜ退かねぇ?俺の邪魔してぇ
のか?」
「その方を解放してくださったら退きます」
「なんで罪人に執着するんだよ?恩でも――まさかテメェがテオドールか⁉」
グラドの言葉に騎士たちがどよめく。信じられない様子でエリスと同僚の顔を交互に見た。
「し、しかし手配書とは姿が……」
「だが、本当なら退かないのも納得がいく。
村長さん、あの人はテオドールか?」
騎士が尋ねたものの村長は無言を貫く。罪人とはいえ一般人を傷つけることに抵抗を覚えている騎士は諦めた様子でため息をついた。
「ダメだな、これは」
「罪人は放っておけ。
反論しねぇってことはそうなんだな?手配書と随分違うじゃねえか。
ここに来たって事はアニキに会って、上手いこと撒いたんだろ?アニキがテメェみたいなヤツにやられる筈がねえ」
「…………。解放してくださらないのですね?」
「誰がするかよ!罪人って言ったじゃねぇか!」
「手荒な事はしたくないのですが」
エリスは交渉は無理と判断して少し身を縮めて構えた。
グラドが目を見開いて口角を上げる。臨戦態勢に入ったのを喜んでいるようだ。
「お?やるってのか⁉よし、お前ら、やれ!」
ところが騎士の1人が慌てた様子でグラドに声をかける。
「し、しかしテオドールには傷をつけるなと……」
「五体満足で命がありゃいいんだよ!
傷つけるなとは言われてねえ!」
「しょ、承知!」
グラドに威圧されて騎士たちがエリスを円形に取り囲こみ、息を合わせて剣を振り下ろしてくる。
「テオドール、覚悟!」
「《アイアンガード》!!」
魔法の効果でエリスの全身が鉄に覆われた。それと剣がぶつかり合い重い音と火花が散る。
「ぜ、全身が鉄に⁉」
「《エレキショック》!!」
エリスは素早く鉄化を解除すると今度は全身から稲妻を放つ。それは剣を伝って騎士達に直撃し、彼らは声も挙げずに地面に倒れた。
「さすがテオドールってとこか。にしても弱ぇなこいつら。1発で倒れやがって。
《アイスニードル》!!」
エリスが騎士たちと対峙している間に魔力を溜めていたグラドは通常よりも大きい氷柱を放った。
それはエリスの右肩をかすめローブに濃いシミをつくる。
「く……」
「なんだ避けられるのかと思ったぜ。意外と大したことねぇんだな」
エリスが右肩を押さえながらグラドを睨んだ。グラドは気にするわけでもなく挑発を続ける。
「反撃も無しかよ?なら、もう1発――」
「ヒャハハハッ!ジイさんの守りが手薄だぜ?」
ベルゼブブが笑いながら現れ村長を小脇に抱えた。
いきなり現れた彼にグラドの注意が向けられる。
「何っ⁉テメェいったいどこから⁉」
「キッチリ守るかと思ってたのにそうでもねぇんだな?
罪人じゃなかったのかよ?」
「ちっ、《フレイムショット》!!」
グラドがベルゼブブに向けて複数の炎の球体を放ったが涼しい顔で避けた。そして挑発するように顎を上げる。
「悪ぃ悪ぃ、遅すぎて全部避けちまった」
「ぐ、テメェ!その余裕な顔が腹立つ!これでもくらえ!《セイント――》」
「《ダークネスフォッグ》!!」
エリスの声が響いたかと思うと辺りが新月の夜のように真っ暗になった。
「目くらましか⁉《イルミネイト》!!」
すかさずグラドが周囲を照らしたが、そこにエリス達の姿はない。ベルゼブブが抱えて空へ逃げたからだ。
「チッ、今の一瞬で逃げられたか。
めんどくせぇけど追う――」
次の瞬間、空間から黒い鎖が現れグラドを縛りつける。
ベルゼブブが去る間際に仕掛けておいたのだった。
「なんだコレ?……がッ⁉」
鎖がひとりでに動き、縛りを強くしていく。グラドが自力で振り払おうとするがビクともせず、そのうちミシミシと関節の軋む音がし始めた。
「ふざ、けんなッ……!こんなので、俺を……倒せると思うなよ!
アレキサンドルを、ナメんじゃねぇーーーー‼」
グラドが叫んだと同時に光が放たれ、鎖が粉々に砕けた。肩で大きく呼吸を
しながら自分の体に異常がないか確かめる。
「ハッ、はー……あぶねぇ。拘束魔法か?テオドールが仕掛けたんだな。
にしても、だんだん縛りがキツくなるのとかあったか?」
呼吸を整えたところで地面に倒れている騎士たちを睨みつけた。
「役立たず共が。最初から期待してなかったけどな。
俺1人だったらこんな事にはなってなかったのによ!」
そう言って1番近くにいる騎士を蹴飛ばす。気を失っているため声は出なかったが、身につけている鉄仮面や鎧がガシャンと派手な音を立てた。
「テオドールめ、騎士共を気絶させやがって。殺せばいいものを。報告が面倒じゃねえか、ナメてやがる。
それに黒いフードのヤツはなんだ?使い魔にしては強ぇ。上位なのは間違いないんだが。いや、下位でもあり得るな。
あらかじめ作戦を立ててテオドールの魔力をもらったんだ。
でなきゃ、あんな動きができるはずがねぇ。
クソッ、オヤジになんて言えばいいんだ!」
グラドはイライラしながら地面を蹴っていたが、ふと動きを止めると怪しい笑みを浮かべた。