第23録 ジョルジュの忠告
エリスはベルゼブブから目を向けられていることに気づいて目を丸くする。それから彼の視線を
追ってドアの方を見てから少し表情を曇らせた。魔力は感じ取れていないものの、何かを察したようだ。
「よ、用事を思い出した。じゃあ……」
「うん、観光楽しんできてねー」
ロイトに挨拶を済ませてエリスたちが店を出ると、それを待っていたようにジョルジュが声を
かけた。
「やあ、こんにちは。私のこと覚えてるかい?」
「……人違いだ」
短く答えるとエリスは歩き出そうとする。ジョルジュは慌てて道を塞ぐように立つとエリスを
まっすぐ見つめた。
「今回は私の用事なんだ。捜索のことは無しで考えてほしい」
「人違い」
同じことを言われても動こうとしないジョルジュを見て、ベルゼブブは顔をしかめるとエリスに耳打ちする。町中では口を利かないと言っていたが緊急時は別のようだ。
「シバくか?」
「ダメ」
「なら、腹くくれ。バレてるぞ」
ベルゼブブの言葉を聞いたエリスは小さくため息をついてジョルジュを軽く睨む。これ以上隠しても無駄だと思ったようだ。
「嘘はついていませんね?」
「うん。城の者にはうまく言い訳しておくよ」
「わかりました。聞きましょう」
エリスの言葉を聞くとジョルジュは安心したように大きく息を吐いた。
「ありがとう。立ち話もなんだから移動しようか。
もちろん、後ろの使い魔もね」
ジョルジュはそう言って先導を始める。ところがエリスは困惑した様子でベルゼブブの腕を
つついた。
「なんだよ」
「ついて行っていいの?」
「お前が話聞くって言ったんだろうが」
「相手の必死さに負けて……つい」
決まりが悪そうに言うエリスをベルゼブブは鼻で笑う。
「なんだそりゃ。オレ様には負けたくないとか言ってたくせに。まぁ今回は何もないテイでの話だから、お前を捕まえることはねぇだろうよ」
「わかった」
エリスは短く答えるとジョルジュの後を追い始めた。その姿を見ながらベルゼブブはため息をつく。
「大丈夫かアイツ。コロコロ考え変えやがって。
それにしても、使い魔か。全部間違ってるわけじゃねぇが、悪魔を知らねぇのか?」
ベルゼブブは不満そうに呟くと歩き始めた。
ジョルジュが案内したのは酒場だった。多くの客で賑わっており、様々な会話が飛び交っている。隅のテーブルに腰を下ろしたジョルジュがエリスたちに手招きした。エリスは腰を落ち着けたが、ベルゼブブは座らずエリスの後ろに張り付くようにして立つ。
騒々しさに眉を寄せながらエリスが口を開いた。
「なぜここを……?」
「騒がしいけど、多少真剣な話をしても大丈夫だと思ったんだ。
改めてこんにちは、私はジョルジュだ」
「やはりアレキ――」
「待って、それ以上言わないでくれると助かる」
慌てて身を乗り出すジョルジュにエリスは呆れたように目を細めると口を閉じた。
「……ありがとう。さっそく本題に入らせてもらうね。
エベロスとのイザコザについてなんだけど。父はエベロス家を恨んでいるみたいで、勝つ事しか考えてない。それで戦いに関しては聞く耳を持たなくて、私や重鎮たちが何を言ってもダメなんだ」
「………………………」
「私はできることなら穏便に終わらせたい。とても高い理想だとわかってはいるけどね。今までお互いにそうとうな犠牲を出してきたから、今さら話し合いで解決しようと言っても聞いてはくれないだろう」
エリスは複雑な表情を浮かべながらジョルジュの話に耳を傾けていたが、言葉が途切れたのを確認すると口を開く。
「仮に私が加わっても同じでしょう。それにあなた方が前線に立てば戦況をひっくり返すことぐらい
簡単なのでは?」
「そうしたいんだけどね、父が許してくれないんだ。どうもジワジワと攻めるのが好きみたいで。
1度、弟が前線に立った時があったんだけど、優勢で終わったのに長い時間説教を受けたんだ」
「変わった方ですね」
エリスの言葉にジョルジュは困ったように眉を下げただけだった。ふと、エリスが何かを思い出したように声を漏らす。
「1つお尋ねしても?」
「何かな?」
「なぜ私の居場所がわかったのですか?」
「ああ、それか。パッカツで君が意識を失ってる間に追跡魔法をかけたんだ。君と対面したのに何も
しなかったじゃ、父や重鎮たちからこっ酷く言われるからね」
話を聞きながらエリスは自分の全身を眺めた。特に文様や印は刻まれておらず眉をひそめる。
「確認ですが、私の存在は知れ渡っているわけですね?」
「うん。手配書が出ているのは知っているよね?五体満足で生かした状態で連れてこいって命令が
出てる。でも君はそう簡単に従わないだろう?」
エリスは小さく頷いた。その様子を見てジョルジュは安心したように微笑む。
「やっぱりね。いや、それでいいんだよ。もし父や弟みたいだったらどうしようかと思った。
私とは気が合うみたいだね」
「追跡魔法、解かせてもらいますね」
「そう。信頼できる者には言ってきたんだけど、君の方が上手だったとでも言い訳しておこう」
少したけ表情をくずして言うジョルジュに阻止する気は見られない。
素早くエリスが呪文を唱えると、彼女をスキャンするように黄色い輪が上から下に動き、床につくと同時に跡形もなく消える。
一部始終を見届けてかたジョルジュは軽く首を傾げて話を続けた。
「そういえばもう少し荷物が多かったような気がするけど、どうしたんだい?
まさかどこかに置いてきたとか?」
「そんなことどうでもいいでしょう」
「よくない。実は荷物にも魔法をかけさせてもらったんだ。それで、この事を弟だけに伝えたん
だけど、たぶんその荷物の場所に向かってる」
ジョルジュの言葉を聞いてエリスの顔から血の気が引いていく。荷物はイカナ村に預けているからだ。
「人に預けたのかい?」
「はい……」
「それはまずい!君を匿った罪でその人たちを連行するだろう。弟は父に似て容赦ないんだ」
「行かなきゃ!」
勢いよく立ち上がったエリスをジョルジュは複雑な表情で眺めている。
「おそらく戦闘は避けられないと思うよ。弟は戦いが好きなんだ。それに、せっかく変装したのに
行っていいのかい?」
「………………それでも行かないと行けないんです」
少し沈黙があったものの目に曇りのないエリスにジョルジュは小さなため息をつく。
「そう……。あと、ひとつ忠告。次に私と会った時は戦うことになる。ただ、五体満足と命の保証はあるけどね」
「覚えておきます」
エリスは軽く頭を下げると早足で酒場を出て行った。ベルゼブブも無言で後を追う。
ジョルジュは彼等の後ろ姿を見送ると息をついた。
「話を聞いてもらえてよかった。少し気分が楽になったよ。
それにしてもあの使い魔は手強そうだね。隙を見てまた追跡魔法をかけようと思ってたんだけど、
ずっと私を監視しててかけられなかった」
彼の呟きは客の会話にかき消されていった。