第19録 シーポルト
シーポルトはアレキサンドルの南東に位置する港町で、
海が近いため波に備えてレンガ造りの建物が多い。
エリスは周囲をキョロキョロと見渡しながら町の門をくぐる。すると、腰まである赤い髪を揺らして1人の女性が
エリスに声をかけた。
「あなた、この町は初めてなの?」
「は、はい。船に乗ろうと思って……」
エリスは警戒して普段より低めの声で答えたが、女性は気にする素振りもなく話を続ける。
「船ね!そこまで案内してあげる。ついてきて!」
「え、でも」
「いいからいいから!こういうの好きだし!」
女性は嬉しそうに言うとエリスの前を歩き始めた。
エリスは戸惑いながらもフードを深く被り直して女性の後に
続く。
「初めてなら町の概要から話さないとね。あっでも、
せっかくだから名前教えとくね。私はミーナ。あなたは?」
「エ、エス……だ」
いきなり聞かれてエリスは偽名を言った。しかし元々の
性格もあるのか、ミーナは挙動不審になっているエリスを
全く疑おうとしない。
「よし、エスね。
シーポルトは、ここ、アンスタン大陸の玄関口なの。
人の行き来も多いし貿易も盛んなのよ!」
「そう、なのか……」
アレキサンドルやパッカツとは違った賑やかさがある。
石造りの地面の上には多くの店が露店を出しており人々が
買い物をしている。漁業にも力を入れているようで、広場で
頭にハチマキを巻いた男達が魚を捌いていた。
「あれは……」
エリスが足を止める。ミーナも何事かと振り向いてエリスの隣に立った。2人視線の先には人々が集まっている。
「あ、あれは掲示板よ。危険なモンスターや冒険者の仲間募集の情報とかいろいろなものがあそこに貼り出されるの。
酒場に行ったことないの?」
「ない」
「そうなんだ。お酒が苦手な人用にミルクとかあるんだけどね。まぁまだ若そうだし、あと5年ぐらいしたら行ってみるといいよ!ちなみにシーポルトの酒場は「ヒレ酒」が
オススメ!」
「は、はあ……」
反応に困っているエリスを見てミーナは少し顔を赤くすると口を抑えた。
「あ、掲示板の話だったわね。
今は、最近出たばかりなんだけどテオドール?とかいう女の子の捜索願が人気ね。アレキサンドルから来た情報で、お金もかけられてるし、みんな血眼になっているみたい」
「……そう」
「私はあまり興味ないんだけどさ。絵を見ただけだから
なんとも言えないけど若いのに大変だなって。でもお金が出るほどだからよっぽど重要な人物なのね」
そう言ってミーナがエリスを見つめる。するとミーナが小さく声を漏らした。エリスの瞳がオレンジ色だったことに
今気づいたようだ。
「あら、エスもオレンジ色なのね。私もオレンジだから
何回も疑われてさー。もう初対面の人には疑われるのが当たり前になっちゃった。
オレンジ色の瞳の人なんてたくさんいるのにね」
「確かに困る……」
「よね!髪色が違うのに瞳の色だけで疑うなんて失礼だと
思わない⁉」
眉をひそめながら再び歩き始めるミーナの後ろをエリスは少し目線を下げて後を追う。
しばらく歩くと船が見えてきた。大陸間を移動しているためかそこそこの大きさがあり、30人ぐらいは乗れそうだ。
水漏れ等のチェックのためか船員たちが慌ただしく動いている。
「船長さーん、この子船に乗りたいんだって!」
ミーナが声をかけると甲板から男が顔を覗かせる。
「おう!そっち行くからちょっと待ってな!」
威勢の良い声が返ってきてガタイのいい男がエリスたちの前に立った。航海で日焼けした肌が目立つ。
「この人が船長さんよ」
「おうよ!」
「は、初めまして。乗るのに何か必要な物は?」
「特にねぇよ、タダだ。常連は土産にいろいろくれるがな。あんたは初めてだろ?気にせずに乗ってくれや。
ただ、捜索願のせいで客の調査をしないといけない事になっちまってよぉ。俺達もやりたくないんだが、国からの命令だ。悪いがそれだけ我慢してくれや。ってあんた……」
確認しようと懐から手配書を取り出した船長がまじまじと
エリスを見つめる。瞳がオレンジ色のため疑っているようだ。するとミーナが眉をつり上げてエリスの前に出た。
「あのね、この子も私と同じなだけよ!何回も言ってるじゃない!オレンジ色なんてたくさんいるって!」
「だ、だけどよ、年も近ぇみたいだし」
「え?ちょっと紙見せて!……確かにそうね」
なんとミーナまでエリスを見つめ始めた。エリスはどうすればいいのかわからず視線を泳がせる。
ミーナは手配書とエリスを何度か見比べたあと眉を下げて
唸る。
「うーん、でも着てる服も髪色も違うし……」
「俺はやったことねぇんだが、髪って簡単に染められる
そうじゃねぇか」
「じゃあ、私のことも疑うのね?」
「いや、あんたは年が――」
素性がバレて船に乗れないのは困るが、2人の話がまとまりそうにない。迷ったエリスが声をかけようとした時だった。
「ぼっちゃーん、こんな所にいたんスか。困るッスよー、
勝手に動き回られちゃ」
後方からフードを被ったアザゼルが現れ、エリスたちに近づいて来た。ぼっちゃんと聞いた2人は今度は驚いてエリスに顔を近づける。
「ぼっちゃん⁉君、男の子だったの⁉」
「あ、ああ……」
「なんてこった!すまねぇ、てっきり女の子かと!」
「いやー、ぼっちゃんが女の子と間違われることなんて
日常茶飯事なんで気にしなくていいッスよ。
ねぇ、ぼっちゃん?」
少しからかうようにアザゼルがエリスに声をかける。エリスは反論の代わりに少し顔を赤くしてアザゼルを睨んだ。仕方がないことだとはいえ、ぼっちゃんと呼ばれたのが嫌だったようだ。
2人のやり取りを見ていた船長がアザゼルに声をかける。
「ところであんたは?」
「オレ?ぼっちゃんの保護者っス。ああ、フード被ってるのは気にしないで。肌が弱いんだ」
「な、ならいいけどよ。おし、ぼっちゃんも乗って大丈夫だ。ニイチャンも乗るんだよな?」
「まあな……」
船長の言葉にアザゼルは渋々といったように頷いた。
「おし、ちょうど客も切れたしそろそろ時間だ。
乗んな乗んな!」
「わわっ⁉」
「おぉっ!?」
船長がエリスとアザゼルの背中を押しながら歩き始めた。
エリスはなんとか振り向くとミーナに声をかける。
「あ、ありがとうございました!」
「いいよー。またおいでね!」
ミーナは笑顔で答えて手を振った。慌ててエリスも小さく
振り返す。
「よぉし、錨を上げろォ!出港だー!」
「ウィッース!!」
船長の掛け声で船員たちが準備に取り掛かる。
エリスは彼等の様子を眺めながら小さく息をついた。