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第1録 薬売りの少女

 異世界ヴォ・ロンテ。

 生まれた者は必ず魔力を持っており、成長するにつれて変わってくる。化ける者もいれば劣化の一途を辿る者もいた。

 いつからか生まれつき膨大な魔力を持つ一族が複数現れた。原因はまだ解明されていない。

 ヴォ・ロンテの大陸の1つ、アンスタンの東に位置する

イカナ村。農作物と染色業を盛んにしているそこで、

エリス・テオドールは薬を売っていた。

 人が1人座れそうな小さな敷物の上には緑色の液体が入った小瓶や薬草が綺麗に陳列されている。

 ちょうど老人の男が買い物をしていた。


 「痛み止めに効くのはあるかい?」


 「それならこちらですね」


 そう言うとエリスは側のビンを取って老人に差し出した。


 「膏薬です。少し値段は高くなりますが……」


 「いくらだい?」


 「1つ150 オールになります」


 「2つおくれ」


 エリスは老人の言葉を聞いて目を丸くした。薬草より高価なこともあり、2つもくれと言われるとは思っていたかったようだ。

 老人は固まっているエリスを見るとゆっくりと口を開く。


 「お金の事なら気にせんでいい。そこまで生活に困っているわけではないからな。それに薬を売りに来てもらえるのはとても助かるんじゃ。このためにお金を貯めているようなものだからなあ」


 「わ、わかりました。2つで300オールになります。

ありがとうございました!」


エリスは膏薬と引き換えに通貨を貰って灰色のローブのポケットにしまうと深く頭を下げる。

 老人は労いの言葉を掛けると去って行く。その姿を見送ったエリスは小さく息を吐いた。

 すると物陰から頭にバンダナを巻いたふくよかな女性が木製のマグカップを差出す。


 「よかったら飲みなよ。疲れてるだろう?」


 「あ、ありがとうございます……」


 マグカップを受け取ったエリスは一瞬眉をひそめた。

それを見た女性が笑う。


 「はははっ!少し臭いがキツかったかねぇ。

まぁ、搾りたてだし、ちょっと温いかもしれないけど」


 「いえ。いただきます……」


 エリスはそう言ってミルクを口に含んだ。

一瞬目を見開いた後、微笑む。


 「おいしい……」


 「そうだろう?ウォームゴートのミルクさ」


 「ウォームゴート、温厚なモンスターですよね?」


 攻撃しない限り襲ってくる事はない、極めて温厚な性格のモンスターだ。肉は食材として売れ、毛は服の素材になるので、性格も相まって家畜として手懐ける者もいる。

土地や資産に余裕のある者はそれを生業にしていた。


 「ああ。食べ物をやって手なづけたんだ。

と、いっても1匹だけだよ。

あんまり多くても面倒見れないからねぇ」


 「なるほど……」


 「モンスターと暮らすの少し不安だったんだけど、案外どうにかなるもんだねぇ。

 見た通り、この村は農耕と染色が盛んなのさ」


 「農耕はわかりますが……」

 

 エリスは近くにある、簡易的な木の柵で囲まれた畑を見ながら言う。老婆がゆっくりと木製の鍬で土を耕していた。


 「染色かい?少し高い丘に何種類も花を植えてるのさ。

それを取って、色を出して、布や髪を染めるんだよ」


 「髪も染めれるんですか?」


 エリスが一歩前に踏み出した。どうやら彼女も髪を染めているようだ。

 女性は一瞬驚いたあと、歯を見せて笑う。


 「もちろんさ。天然だからねぇ。店で売ってる物より髪も傷まないし。ときどき都市部に売りに行ってるんだけど評判いいからねぇ。

 興味あるのかい?」


 「あ、はい……」

 

 少し顔を赤くしながらエリスは元の位置に戻った。


 「はははっ、アンタになら分けてあげるよ。

 名乗るのが遅れたね、あたしはジョセフィーヌ。

みんなからはジョーって呼ばれてるよ。

 アンタは?」


 「私は……えっと……すみません……。

あんまり名乗らないようにしてるんです」


 申し訳無さそうに言うエリスを見て

ジョセフィーヌは目を丸くする。


 「おや、そうかい?変わってるねぇ。

 あたしは気にしないから良いんだけど」


 ジョセフィーヌの言葉を聞きながらエリスは残りのミルクを飲みほした。


 「ごちそうさまでした。おかげで疲れが吹き飛びました」


 「はははっ!疲れが吹き飛ぶは大げさだと思うけど、

まぁ、そこまで喜んでもらえたのなら良かったよ」


 ジョセフィーヌは差し出されたマグカップを受け取ると笑った。そしてエリスに小さく手を振ると去って行く。

 エリスはその後ろ姿に深く頭を下げると商売に戻った。





 夕方になるとエリスは商売道具をたたんで近くに置いている大きめの皮袋につめこみ始めた。薬が入ってるビンを丁寧に布でくるんでからしまう。


 「もう出て行ってしまうのかい?もう日も落ちてしまうし、泊まっていけばいいじゃないか。空き家もあることだし」


 「いえ、大丈夫です」


 再びジョセフィーヌに声をかけられてエリスはハッキリと答えた。ジョセフィーヌは残念そうに肩を下げる。


 「そうかい……」


 「ですが、各地を転々としていますのでまた来る事になると思います。その時はよろしくお願いしますね」


 「各地って……。あたしゃよく知らないけど、とてつもなく広いんだろう?そんな短期間で周れるもんなのかい?」


 「全部の町村を訪れている訳ではありませんので」


 エリスは笑顔で言うと村の入り口に向かってゆっくりと

歩き出した。

 ジョセフィーヌも彼女の隣に並んで歩みを進める。


 「入り口までだけど手の荷物、持ってあげるよ」

 

 「あ、ありがとうございます……」


 予想外の言葉だったようでエリスは驚きながらも袋を託した。

 ジョセフィーヌは少し真剣な顔つきになってポツリと話しだす。


 「アンタが薬を売りに来てくれて助かったよ。

この辺はアレキサンドル王国の騎士様達の巡回範囲には入っていないからね。自分達で管理しないといけないんだ。

税を取りにきたついでに様子を聞くだけ。

 モンスターの被害があると言ったら退治はしてくれるけど、大元を叩かないからイタチごっこなんだよ」


 「大元?ボスがいるんですか?」


 「そうさ。とても大きいイノシシで、子分を引き連れて夜に畑を荒らすんだ。あたし達はボスボアって呼んでるよ。

近くの洞窟に巣くっているみたいなんだ。

 ってアンタに言っても意味ないか。戦い苦手そうだし」


 ジョセフィーヌの言葉にエリスはムッとしたように眉を

ひそめる。


 「戦えない訳ではありません。一応、魔法使いです」


 「おや、そうなのかい?それは失礼したね。

 ああ、だから用心棒もいないわけか。薬売りにしては不思議だと思っていたけど、そういう事だったんだね」

     

 やがて入り口に着いて、ジョセフィーヌはエリスに荷物を返した。エリスはお礼を言って頭を下げると村を後にする。

 ジョセフィーヌはエリスの姿が見えなくなるまでずっと外を眺めていた。


 「誰も討伐しないのなら……」

 

 エリスはそう呟くと決心したように目を鋭くして街道とは外れた道――洞窟の方へ足を進めた。




 それから数日後、アレキサンドル王国から複数の騎士がやってきた。もちろん、毎月の税の徴収だ。 


 「よし、作物と通貨、両方揃っている。ご苦労。

何か困っている事はないかね?」


 すると集まっている村人の中からジョセフィーヌが前に出た。どこか自信のある表情をしている。


 「今は無いねぇ。前に言ってたと思うんだけど、ボスボアっに悩まされてるって」   


 「ああ……。まさか解決したのか⁉」


 「そうなんだよ。昨日ぐらいだったかねぇ、村の入り口に

布を被せられた何かが置いてあってさ。

 みんなでおそるおそる取ったらなんとあのボスボアじゃないか。ビックリしてしばらく動けなかったよ」

 

 ジョセフィーヌの言葉に騎士達が動揺し始める。


 「バカな……!鍛錬を積んだ兵士でも返り討ちに合うと言うのに」


 「しかもどこからか仲間を呼んできてその辺ボアだらけに

なるそうだ」


 「こ、心当たりのある者は居ないのかっ?」


 騎士の1人が興奮気味でジョセフィーヌに尋ねる。

 ジョセフィーヌは嫌そうに距離をとると口を開いた。


 「……1人いるよ。各地を転々としているみたいでね」


 「もしかして薬を売ってくれた娘かい?」


 初老の男性の言葉にジョセフィーヌが頷いた。他の村人達も記憶に新しいようで村での彼女の様子を楽しそうに語り始める。


 「ああ。それに最近この村を訪れた人はその娘しか

いないしね」


 「でも戦えそうには見えなかったよ」


 「あたしもそう思ったんだけどねぇ。魔法使いだって言ってたから戦えるんだろうよ」


 ジョセフィーヌ達の話を聞きながらマントを羽織った騎士が唸り声を上げる。騎士達の中では位が高そうだ。


 「解決してなによりだが、その娘只者ではないな。1度会ってみたいものだ。

 どこへ向かったか分かるか?」


 「さぁ……。でもこの村から行ける所なんて限られてるから、1つずつ当たって行けば会えるんじゃないのかい?」


 「それもそうか。何か特徴はなかったかね?」


 「髪は水色で目がオレンジ色だったよ。

なかなか見ない色だからねぇ」


 ジョセフィーヌの言葉に騎士が反応して鎧がガシャンと音を立てる。

鉄仮面を被っているため表情は見えないが、何か思う事があったようだ。


 「目がオレンジ色の魔法使い⁉

 ………いや、まさか、な……」


 その様子をジョセフィーヌをはじめ村人達は不思議そうに眺めていた。

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