第11録 ベルゼブブとボサボサ男
前回に続き、今回も別の場所から。
地下――人間からは魔界と呼ばれる場所。薄暗い空間に敷かれた魔法陣の中心でベルゼブブは顔をしかめていた。
魔界でも動きを封じられていることに対してもだが、エリスから強制返還されたのと、ちゃっかり隣に居るボサボサ男も
原因の1つだ。
「なんでお前がいるんだよ。走り廻るんじゃなかった
のか?」
「別にいいじゃないスか。
つーか、ヒドいッスよタイチョー」
「何がだ?」
「あんなにイイ素材が保護対象だったなんて――」
「そうなるから言わなかったんだ!
アイツを素材として数えるな!」
ベルゼブブが目を血走らせて答えた。
その様子を見てボサボサ男は諦めたようにため息をつくと
口を開く。
「いきなり怒鳴らないでほしいッスよ。ビックリするじゃないスか。素材って言っても具体的には血液欲しいだけなんス
けど」
「お前のそのクセはどうにかならねぇのか⁉」
「性なんでムリッス。
しかしテオドールとはねぇ。てっきり「あの件」で滅んだと思っていたが、生き延びてたか」
「あの件」とはエリスの両親が兵達を巻き込んで自決した事だ。悪魔たちの間でも有名らしい。
ベルゼブブはボサボサ男から顔をそむけると語り出す。
「両親が生かしたんだ。もともとはアイツも連れて行く予定だったんだとよ。だが、意見が割れて渋々父親が母親に
従ったそうだ」
「フーン、なるほど。人間はオモシロイッスねぇ。
それはそうとタイチョー、さっき矛盾してたッスよ」
「ん?」
「お嬢さんの両親が亡くなった件でね。タイチョーは「何があったのまでかは知らない」って言ってたッスけど、その後「国に殺された」って言った」
「耳ざといな。目撃者が誰もいなくなるから見ておいてくれだとよ。そして時期が来たら話してやってほしいって父親が言ったんだ。めんどくせぇ……」
大きなため息をつくベルゼブブをボサボサ男はどこか憐れむように眺めた。
「タイチョーもタイヘンッスね。お嬢さんは事件のこと
知ってるんスか?」
「ああ、オレ様が話したからな。しばらく塞ぎ込んじまったが。今はだいぶ安定してきてはいるが、あまり話題にあげて
やるなよ。それが原因でアイツが自決したら、オレ様は「契約違反」になってしばらく封印されるし、報酬もなくなるからな。それだけはカンベンしてくれ」
「リョーカイッス。お嬢さんに居なくなられるのは
オレにとってもデメリットなんでソッチの方に引っ張らないようにはする」
「頼むぞ。お前、無自覚でメンタルブレイクしてるときが
あるからな?」
ベルゼブブの言葉を聞いてボサボサ男は眉を下げた。
「自覚はしてるッス。ただ、相手の顔が絶望に歪んでいくのを見ているとたまらなく唆るんで、
止めるのが難しくなる」
「オレ様よりも悪魔だな」
「そういうタイチョーも容赦なく人間を消してるじゃないスか。いい勝負ッスよ」
「オレ様は邪魔するヤツ消してるだけだ。今更変えろっ
つっても無理だからな!」
「……そういうところタイチョーらしいんでそのままで
いい。
話逸した。お嬢さん、目立つような行動はしてないみたいっスね」
ボサボサ男が話題をエリスに戻す。まだ話足りないのか
ベルゼブブは顔をしかめながら口を開いた。
「そりゃテオドールだからな。魔力が高いとなると、冒険者どころか上のヤツ等が黙ってねぇ。滅亡したって言われている一家に生き残りがいたなんてわかったらどうなる?
どんな手を使ってでも手元に
置いとくよなぁ?」
「ケッ、胸クソ悪い。お嬢さんは道具か何かッスか?」
「他の人間からすりゃそうだろうよ。魔力がモノ言うんだから仕方がねぇ」
ベルゼブブは怒りを顕にしているボサボサ男をとりなすように言い放つ。
「とにかく、アイツが寿命以外で死ななきゃいい。
だが、オレ様がこうやって行動制限されてる以上、お前に頼ることが増えると思う。……任せていいか?」
「リョーカイ。言われるまでもないっスよ。
その代わり、1回助ける毎に血液1本分チョーダイ?」
「わかったよ……。あ、そういや1つ言い忘れてた」
「何スか?」
「不必要にアイツに近づくな」
真剣な顔つきで言うベルゼブブを見てボサボサ男は一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げる。
「不必要ねぇ……。タイチョーとオレじゃ不必要の範囲が
違うと思うんスけど?」
「とにかく不必要に近づくな!わかったな⁉」
ボサボサ男は怪しい笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。