第10録 戸惑いと疑い
一方、アレキサンドル城。都市の端にある丘に位置しており、さらに強固なバリアで全体を包んでいる。
2階の東側にある1室で騎士隊長を筆頭に彼の後ろにいる
数名の騎士が頭を下げていた。
「ジョルジュ様!この度は大変申し訳ございませんでした!」
「大変申し訳ございませんでした!」
彼らの目の前にはジョルジュと呼ばれた白いとんがり帽子をかぶった青年が立っていた。パッカツでエリスに声をかけた人物だ。
ジョルジュ・アレキサンドル。現国王ラング・アレキサンドルの長子で、横暴な父とは正反対のとても穏やかな性格の持ち主である。
ジョルジュは少し困ったように唸ると口を開く。
「君達の失敗を責めるつもりはないよ。
まさか攫われるなんて考えもしなかったからね」
「も、もったいないお言葉でッ……」
「負傷者はいるかい?」
「数名おりますが、命に別状はないかと。
ただ……」
「ただ?」
ジョルジュは少し眉をよせて騎士隊長の言葉を
待っている。
「報告した例の男の魔法をくらった魔法使いが、
目を覚まさない状態でありまして……」
「……彼か⁉様子を見てくるよ!報告ありがとう!」
「ジョルジュ様⁉」
騎士隊長の慌てた声を背中に受けながらジョルジュは部屋を飛び出していった。
1階最西端、救護室。城での訓練で負傷した者が来る場所で、20ほど配置されてあるベッドの1番端に魔法使いの男が横たわっていた。特にうなされている様子もなく静かに呼吸を
繰り返している。
ジョルジュは側にイスを持ってきて腰掛けた。
すると使用人が慌てた様子で駆けつける。
「ジョルジュ様⁉なぜこのようなところに⁉この者は我々が世話しますので、お部屋にお戻りください!」
「彼のことが心配なんだ。目立った外傷は肩の傷ぐらいだけど、まだ意識が戻らないから」
「しかし、外傷もないためすぐに意識を――」
その時、魔法使いが小さなうめき声を出してゆっくりと目を開けた。ジョルジュがすかさず側に寄る。
「気がついたかい⁉」
「ジョルジュ様?俺は……どうしてここに居るのですか?」
「え?」
驚くジョルジュを見て男は困惑の表情を浮かべる。
「すみません。ジョルジュ様に何かを頼まれた事までは覚えているのですが、次に気づいたらここで……」
「…………そう。もし何か思い出したら教えてくれるかい?
まずは治療に専念してほしい」
「は、はいッ!ありがとうございます!」
ジョルジュは頷いて立ち上がると使用人に声をかけた。
「調べないといけないことがあったのを思い出した。
さっきと発言が変わって申し訳ないけど、後は頼んでいい
かい?」
「もちろんです!お任せください!」
「うん、ありがとう」
廊下に出たジョルジュは険しい表情をして歩き始める。
「記憶を消す魔法……。改竄ならあるけど消去は初耳だ。
報告を受けた男、タダモノじゃなさそうだ。
でもこれで彼女がテオドールであることはほぼ確定した。
位の高くない家柄なら攫わないだろうからね」
ジョルジュは小さく呟くと立ち止まって天井を見た。細かい装飾が施されていて気品を感じさせる。
「父上には上手く誤魔化しておこう。すぐに存在は
バレるだろうけど。
どうにか隙を見計らって、また彼女と話がしたいな。
私と気が合いそうだ」
白いトンガリ帽子を被り直すと、ジョルジュは自分を奮い
立たせるように大きく頷いて再び歩き始めた。