或る×××の死
「まったく、あなたはとんでもないものを殺してしまったものですね」
かつて×××の助手であった、今ではただの美貌の青年が言う。私はその言葉に、背筋を冷たいものが走るような気がした。
「×××という概念を殺してしまうだなんて。この世に存在していた、数多あるミステリの名作を燃やし尽くし、現存する全てのミステリ作家の命を絶やし尽くし、そして……」
美貌の青年は床に倒れ伏した×××の死体を見下ろし、長い長いため息をついた。
「仕上げに自ら命を絶った」
青年は蹲った。×××の両手を胸の上で組ませ、二本の指で、苦悶に見開かれた瞼をそっと閉じてやった。その生前より彼を苛み続けた×××であることの苦しみから、解放してやるかのように。
そして青年は立ち上がり、今し方手を止めようとした私の方を真っ直ぐに見上げた。ぎょっとして腰を浮かしかけた私を、見えるはずもないのにしっかと見据えて、青年は言う。
「しかし貴方はミスを犯した。私を……×××の助手であるこの私を生かしておくという致命的なミスを」
私は手指が震え出すのを止められない。青年の言葉は続く。止められない。
「私は×××の助手だった。×××の助手だった存在として確かに生きているのだから、つまり、×××という概念は死んでいないということになる。私だけは×××を知っている。貴方の思惑通りにはいかない」
私は青年の言葉を、その行動を消そうと努力した。しかし指は滑り、関係の無いキーを空しく叩くのみだ。焦る目の前で、青年が悠然と館を出て行く。街の方へ歩き出す。
青年が次に何をするつもりか、私にはよく分かった。手に取るように分かった。青年は×××と共に過ごした回顧録を、その身に携えているのだ。
どうしようもないまま呆然とその背を見送る私に、青年は思い出したように一つの言葉を投げつけた。
「了」




