ふわふわに包まれて眠りたい
羊は眠れなかった。なぜなら、彼の主人が眠れなかったからだ。
睡眠用羊は、主人に安眠をもたらせなければ、その存在意義が消失する。そうなれば睡眠用ということで免除されている毛刈りを受けるという憂き目にあうかもしれないし、もっとひどい場合、食用に転用されてしまうかもしれない。食用には飼育されていないと言っても、ジンギスカンにしてしまえば、ひととおりのものは美味しくいただけると考えている人間は、たくさんいるのだ。
羊にとっては僥倖なことに、彼の主人は北海道出身ではなかった。目の前の無害な動物を鍋に入れて食べてしまおうという発想とは無縁だった。
とは言え、現状が好転するわけではない。もう時計の針が深夜を回っているというのに、羊がいくら軽やかに飛んで跳ねて見せても、目の前で寝台に横たわる主人の瞼は、一向に重くなる気配がない。
「寝られない」と、主人は呟く。羊は焦った。
読めば必ず眠くなるという絵本を、主人に読み聞かせてみた。難解な数学の論文を詳解してみた。子守唄を歌ってみた。主人の肩を揉んでみた。頭を撫でてみた。よく眠れると評判のアロマオイルを焚いてみた。耳を温めてあげた。ホットミルクを作ってあげた。
「寝られない」
羊はもう、どうしたらいいか分からなかった。この家に雇われてたった三日でお払い箱になるなんて、考えたくなかった。何より羊は、この主人のことが、もうとても好きだったのだ。
「ふわふわ、一緒だったら、寝られると思う」
小さな主人は、小さな手で、羊の蹄を握った。それから朝まで、彼女はふわふわの羊を抱きしめて、安らかに眠った。羊も、ぐっすり眠った。