第38話 ラキセン王国初代大聖女
楽団の奏でる華やかな音楽に、祝砲の轟く音。まるで人々の活気を現しているかのような喧噪は王宮にまで届いていた。かくいう王宮内も、行き交う人々でこれ以上ないくらい賑わっている。
「まもなくパレードが王宮につくそうですよ!」
興奮した顔で囁いたのはリリーだ。
この日だけ行われる記念パレードは建国祭の大きな目玉であり、正装で着飾った騎士たちの一糸乱れぬ行進が見られるとあって、老若男女問わず大人気だった。
「ごめんねリリー。楽しみにしていたのに、私のせいで見られそうにないわね」
たくさんの侍女に取り囲まれて身支度をしながら、コーデリアが申し訳なさそうに言う。リリーが密かにパレードを見たがっているのを、コーデリアは知っていた。
「いいえ、私はパレードよりおそばでお嬢さまを見られる方が幸せです! 本当に、今日は一段とお美しくて……! エルリーナさまも素晴らしいですが、やはりこの国の大聖女はお嬢さましかおられません!」
「ありがとう。嬉しいわ」
パレードは王都の外門から始まり、最終的には王宮にたどり着く。その際、ラキセン国王や王子、そして聖女が王宮の広場に続く正面バルコニーに姿を見せることでクライマックスを迎えるのだ。コーデリアはそのため最後の支度をしていた。
聖女の祭事用正装はゲームのエンディングで見たことはあるものの、着てみてその重さに驚く。白を基調に作られたベルベットとタフタの衣装はずっしりとした重みがあり、髪飾りとして大量に結わえられたダイヤモンドは、どこぞのお姫様も驚きの輝きっぷりだ。
(聖女は王妃も務めるから豪華なのでしょうけれど……これは首が痛いし動きづらいわ。エルは大丈夫かしら?)
公爵令嬢としてドレスには慣れているコーデリアでも、歩くのに支えが欲しくなるくらいの重量。ドレスに慣れていないエルリーナはさぞ大変だろう。
「加奈ちゃん! このドレスすんごい重いね!?」
バルコニーに続く控室で遭遇したエルリーナは、予想通り四苦八苦しているようだった。ドレスの裾を複数の侍女に持ち上げてもらい、さらに両手を侍女に支えてもらってようやくなんとか歩いている。
「ドレスの裾を蹴って歩くといいわ。思い切りぽーんって。めったなことじゃめくれないようにできてるの」
足さばきのコツを教えると、彼女はうなずいて一生懸命実践しようとした。そうしているうちにパレードの騎士団が王宮についたらしく、わああという歓声があがる。
それが合図だったかのように、バルコニーに国王とアイザックの二人が颯爽と姿を現した。二人の登場に、よりいっそう場の盛り上がりが激しくなる。
「加奈ちゃん……ひな……じゃなくて、わたし、緊張してきちゃった」
「大丈夫、私もですわ」
言いながら、コーデリアはぎゅっと手を握った。緊張から、手の先がすっかり冷たくなってしまっている。治療会でたくさんの人々に会ったことはあるが、聖女として公的な場に登場するのは初めてなのだ。
エルリーナが不安そうに呟く。
「あのね、ちょっとだけ手を握っててくれない?」
二人は侍女に手伝ってもらいながら重たい衣装をひきずってヨタヨタと近づくと、そっと手を握り合った。小さな震えは、どちらのものかわからない。二人とも同じぐらい震えていたのかもしれない。だが互いに強く手を握っているうちに、不思議と心が落ち着いてくる。
「……加奈ちゃん、どっちが大聖女に決まっても、恨みっこなしだよ?」
「もちろんですわ。エルこそ、また駄々をこねて国を滅ぼすなんて言わないでね?」
「その話はやめて! 黒歴史なの!」
コーデリアが言えば、エルリーナが頬を膨らませる。それから顔を見合わせて、二人は笑った。
「聖女ヒナさま、出番です」
従者の声に、エルリーナが振り向いた。
名前は、急に変えると皆が混乱するため、あえてヒナのままにしてある。いわく、芸名のようなものなのだという。
エルリーナがゆっくりと歩き出す。コーデリアの助言通りドレスを蹴って歩くことで支えは一人まで減らせたらしく、その足並みは順調そうだ。バルコニーへの扉が開かれ、エルリーナが太陽の下へと進み出る。
そのとたん、ワッと大きな歓声が起こった。
「聖女ヒナさま、万歳!」
「万歳!」
ヒナの名を呼ぶ声が、あちこちから聞こえる。まるで王宮全体が、歓声にすっぽりと包まれてしまったかのようだ。
予想よりもずっと大きな出迎えだったのだろう。チラリと見えたエルリーナの横顔は、驚きで目が真ん丸に見開かれていた。はにかみながら控えめに手を振ると、沸き立つような歓声が上がる。
「――びっくりしちゃった。わたし、ブーイングくるかもって思ってたんだけど」
出番を終えて戻ったエルリーナが、頰を染めながらどこか不思議そうな顔で言う。
「みんな、エルが頑張ってきたのをちゃんと見てますもの。当然ですわ」
コーデリアが言えば、エルリーナは小さな子供のように「えへへ」と笑った。嬉しさと恥ずかしさがないまぜになった、ほのぼのとした笑みだった。
「聖女コーデリアさま、出番です」
従者が今度はコーデリアの名を呼ぶ。
(エルにはちょっと偉そうに言いましたけれど、いざ自分の番となるとものすごく緊張しますわね……)
コーデリアはついと顔をあげ、前を見据えて歩き出す。
――やれることは全てやった。持てる技を使って大々的に名前を宣伝し、聖女という名に恥じない振る舞いを昼夜問わず行ってきたという自負もある。それでも自然と、体に震えが走った。
けれど、コーデリアがバルコニーに姿を見せた瞬間、王宮を、そして王国全体を揺るがすかのような振動が起きた。
「「「聖女コーデリアさま、万歳!!!」」」
襲いかかる轟音に、コーデリアは初め何が起きているのか理解できなかった。
やがて耳が慣れてくると、それらは全て、民たちの声の洪水だということがわかってくる。
「聖女コーデリアさまを大聖女に!」
「大聖女コーデリアさま!」
誰が言い出したのか、初めは一人の小さな声であったはずのその呼び名は、気がつけば一つの大きなうねりとなっていた。大聖女コーデリア、大聖女コーデリアという声が、次から次へと、王国中を満たすように広がっていく。
その熱い声援はコーデリアの心を揺さぶり、気がつけば涙が頬を伝っていた。
「いやだ。私、最近泣いてばかりね……」
リリーが励ますように微笑みながら、そっとハンカチを差し出す。
コーデリアは涙を拭うと、とびきりの聖女スマイルを浮かべて手を振った。それに応えるように、ドッと歓声があがる。
その日、建国祭が行われた王都では、大聖女コールが鳴り止まなかったという。そう、いつまでも、いつまでも――。




