第4-2話 聖女、現る
“限りある時間を大切に”というモットーの元、コーデリアは着々とアイザックと思い出を作っていった。
原作のコーデリアは彼に「いつも怒っているようで、私と一緒にいるのが嫌みたいだった」と言わしめていたが、中身が加奈である今のコーデリアには関係ない。
今まで恋愛ごとを無意識のうちに押さえ込んでいた反動なのか、それとも元々が重い性格なのか、“期間限定”と言う免罪符を得たコーデリアは、タガが外れたようにアイザックに尽くした。
それはもう、全力で尽くした。
「殿下! また新しいお茶を持ってきました。酸っぱいのは苦手だとおっしゃっていましたから、今日は甘いのですわ!」
十二歳になったコーデリアは、隙あらば王宮にある彼の勉強部屋に押しかけ、疲労回復効果のある甘味や飲み物を押し付けていた。
ちなみに、ばあやから「公爵令嬢としてあるまじきその言葉遣いは何なのです!? 直しましょう!」とみっちり叩き込まれたおかげで、すっかりお嬢さま言葉が板についていた。“アイザックさま”ではなく、“アイザック殿下”とも呼ぶようになった。……ばあや怖い。
そしてお土産を持っていく際に、ちょっとした情報を持っていくこともよくあった。
「そういえばドレス商から聞いたのですが、今王都でモスリン製のネグリジェがとても流行っているんですって。着心地が軽やかでよく眠れると、男女問わず人気なのだそうですよ」
――流行には敏感であれ。
前世の新人時代に、徹底的に叩き込まれたことだった。流行に限らず社会のあらゆる変化を敏感に感知し、それが経営に与える影響をいち早く知らせるのも広報の仕事だったからだ。
今のコーデリアは、働くどころかまごうことなき幼女であるのだが、もはや体に染み込んだ職業病のようなもの。気づけば自然と流行を追うようになり、そしてそれをアイザックに知らせるのが習慣となっていた。
「そうか。なら、父上にも贈って差し上げよう。輸入量も増えそうだね」
表情をほとんど変えず、カリカリと書き物を続けながらアイザックが答える。その横顔は少年特有の儚さをたたえて美しく、コーデリアはほうとため息をついた。
幼い頃に王妃である母を亡くしている彼は、唯一の肉親である国王をとても大事にしている。しかし親子そろって無表情であるため、はたから見ていてもどかしい程コミュニケーションがうまく取れていなかった。それをどうにかするためにも、コーデリアは定期的に贈り物候補になりそうなネタを仕入れていたのだ。
「あっちなみにお礼はお構いなく! どうしてもというならぜひお菓子をお願いしたいですわ!」
思い出して、急いで付け足す。放っておくと、アイザックからお礼と称してドレスやら宝石やらが次から次へと贈られてきてしまう。その点、食べ物ならば消費に困らない上、「一緒に食べましょう」と誘い出せるため非常に都合がよかった。
「そうか。……ではまた探しておく」
言いながら、アイザックの表情が少しだけ和らぐ。こう見えて、彼自身が一番甘いもの好きだということを、コーデリアは知っている。
何かとネタを仕入れてはアイザックに献上し、それをきっかけに彼が国王に贈り物をする。――そんなことを繰り返していたら、やがてコーデリア宛てに国王直々の手紙が届いた。
そこには長々と感謝の言葉がつづられ、要約すると「贈り物をきっかけに息子といい感じにコミュニケーションが取れるようになった。ありがとう」といったことが書かれていた。
さらに、
『アイザックに貴女のようなレディがいてくれてよかった。これからも末永く頼む』
という一文まであり、コーデリアが小躍りしたのは言うまでもない。
◆
ある時は、彼のためにちょっとしたイベントを企画したりもした。
きっかけは王立魔法学園への視察訪問だ。数か月に一回定期的に行われているアイザックの公務なのだが、どうも馴染めずに苦労しているらしい。
「……彼らとどう接していいかわからない。話しかけてもよそよそしくて、距離をとられている気がする」
それを聞いてコーデリアは腕組みした。
王立魔法学園は魔法の才能あふれる、いわばエリートと認定された少年少女が集まる場。実はコーデリアもちゃっかり生徒として在学しているのだが、確かに、彼らはアイザックをうっすらと敬遠していた。
理由はこうだ。
『魔法学校にも通ってないのに、本当に王子サマはちゃんと魔法が使えるのかよ』
勉強すべきことが山ほどある第一王子には専用のカリキュラムがあり、魔法学園には通っていない。それでいながら、家臣たちから「アイザックさまはすばらしい才能の持ち主」ともてはやされているため、魔法のエリートだと自負高い一部の生徒たちにとってはおもしろくなかったのだ。そのうえアイザックの表情の乏しさが「すかしてる」と反感を買う一因にもなっていた。
「それなら私にお任せください! あのジャガイモ……じゃなかった、彼らにアイザックさまの実力を見せつけてやりましょう!」
コーデリアは鼻息荒く、こぶしを掲げて言った。




