表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/67

第36-2話 水牢

 コーデリアは痛みを覚悟した。……が、予想に反して、いつまで経っても痛みはやってこない。


 恐る恐る目を開けた先で見たのは、巨大な水の玉と、その中に浮かび、驚きに目を見開いているベンノの姿だった。


(これは……殿下の“水牢”!?)


 フェンリルと戦った際に使用した水の防御壁を、アイザックはあれからさらに進化させていた。防御するだけでなく、攻撃してきた対象を逆に水で包み込んで、閉じ込めてしまう特性を加えたのだ。


 紛れもなくその水魔法が、今、ベンノを包み込んでいた。


「コーデリア!」


 同時に教会の扉が大きく開け放たれ、目を血走らせたアイザックが飛び込んでくる。


「殿下! サミュエルさまが!」


 慌ててサミュエルの方を見て、コーデリアはポカンとした。

 先ほどまでサミュエルと黒ローブの男が立っていた場所には、頬に返り血を浴びたジャンが立っていたのだ。


「ちょっと斬ったけど、命はあるはずだ。……多分」


 ぐい、と血を拭いながらジャンが飄々(ひょうひょう)と言う。いつの間に教会内に忍び込んでいたのだろう。そういえば、こう見えてかなり優秀な騎士だったことを思い出す。そして相変わらず、サミュエルはぐーぐーと寝息を立てていた。ここまで起きないのもある意味才能だ。


「念のため防御魔法をかけておいてよかった。怪我はないか? よく見せてくれ」


 アイザックが足早に駆け寄ってきて、両手でしっかりコーデリアの頬を包んだ。それから検分するように、念入りに体のあちこちを調べ回る。


『小僧。外にいた仲間はみんな捕らえておいたぞ』


 のっそりと姿を現したのはフェンリルだ。見れば教会の外には、何人もの黒ローブの男たちがボロ雑巾のように、無造作に積み上げられていた。


「私は全然大丈夫ですわ。……というかいつの間にか防御魔法をかけてくださっていたんですの? 全然気づきませんでしたわ」

「君にあげたネックレスがあっただろう? 襲われたら魔法を展開するよう、細工をしておいたんだ」

「殿下……それって魔道具ですわよね!? それもすさまじく貴重な!」


 サラッと言っているが、今のところそんなことができる魔道具は、コーデリアですら聞いたことがない。下手すると歴史が変わるほどの物を作っておきながら、アイザック本人は至って淡々としていた。


「これ、量産に成功したらとんでもないことになりますわよ! 貴族階級はもちろん、市民階級だってどれだけ助かるか……! ああなんて宣伝のしがいがある!」


 興奮するコーデリアをよそに、水牢の中では、ベンノが必死に水牢から抜け出そうともがいている。だが手は水を掻くばかりで、全く進展はないようだった。どういう仕組みかはわからないが、空気の確保はできるらしい。


(魔法の威力も申し分ないわ!)


 コーデリアが食い入るように水牢を見つめていると、アイザックが言った。


「怪我はないようだな、よかった……。ヒナ殿の失踪について探っているときに、君までいなくなったと聞いて心臓が止まるかと思った」

「あ、ご、ごめんなさい」


 コーデリアが慌ててアイザックに向き直る。魔道具に見惚れている場合ではない。


「というかヒナの失踪、ご存知でしたのね!?」

「こうなるんじゃないかと思っていた。君が目覚めた時、違う部屋にいたヒナ殿がどこからか情報を手に入れていたからね。あれで君が監視されていることを知った」

「そういえばそんなこともありましたわね……」


 コーデリアはあまり深く気に留めていなかったが、確かに誰もひなに連絡などしていなかった。最初からアイザックが張っていたのだとしたら、コーデリアは捜査の邪魔をしてしまったのかもしれない。


「ごめんなさい、私、余計なことをしてしまいましたわね……」

「そんなことはない。君が大人しく従ってくれたおかげで、我々は怪しまれずに尾行ができたんだ。……それに、見張らせておいた部下より、何も知らないリリー殿の方が早く異変を知らせに来たよ」


 アイザックの言葉に、コーデリアは微笑む。


 リリーは良くできた侍女だ。

 普段全く辛味を好まない主人が急に「辛いものが食べたい」と言い出したら、なぜなのか理由を考えるだろう。そして主人を安心して任せられるアイザックに、必ず報告しに行くと踏んでいた。


 その思惑通り、見事仕事をしてくれたらしい。


 二人が見つめ合っていると、ひょいとジャンが顔を覗かせた。手にまだ、先ほど切り倒した男を引きずっている。


「って言ってますけど殿下、散々『コーデリアを囮にするなんて』って騒いでいましたよね? 俺が止めなかったら準備が整う前に突入しそうな勢いでしたよ」


 アイザックが気まずげに目を逸らす。


「それは……いくら我々が尾行しているとはいえ、あんな夜道を彼女一人に歩かせるなんて……」


 ぶつぶつと言っているあたり、アイザックの過保護っぷりは健在らしい。


「敵より殿下を抑える方が大変でしたよ。コーデリアが教会に入った途端、すごい顔で突っ込んでいこうとするし。辺りに潜んでいた奴の仲間は即座に片付けましたけどね」


 アイザックがゴホンと咳払いした。

 それから思い出したように、王族らしい威厳と厳しさに満ちた目で、未だ水牢に閉じ込められているベンノを見る。


「さて……この男にも色々と聞かなければいけないな。そもそもお前は一体何者なのか、洗いざらい吐いてもらおう」


 ベンノの金の瞳が、水の中で悔しげに細められた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆ 広報部出身の悪役令嬢ですが~ 12/28発売! ◆
広報部書影
― 新着の感想 ―
[一言] ま、ベンノは楽に死ねると思わない方がいいですねぇ〜(笑)
[一言] ついに終わってしまうのか ベンノ小物っぽいからこれで終わりじゃなさそうだけどなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ