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第34-2話 デレとデレ


(これ、熱が見せている夢じゃないでしょうね!?)


 夢じゃないか確かめるために、本当は一、二発ほど自分の頬を引っ叩きたいところだが、両手を握られているためそれも叶わない。


「……だが、君に苦労をかけてばかりいる。私はただ、そばで君が笑っているのを見ていられれば、それでよかったのに」

「殿下……」


 射貫くような真剣な瞳が、まっすぐコーデリア見る。


「……コーデリア、君が望むなら、もうこれ以上頑張らなくてもいいんだ。もし君が大聖女に選ばれたら、君は今後“王妃”と“聖女”の二つの仮面をかぶって生きていかなければならない。それがどれだけ君に負担を強いることになるのか、私は知っている」


 コーデリアが息を呑む。それはアイザックが長年、“王太子”という仮面を被り続けてきたからこそ言える言葉だった。王妃であり聖女という立場の重さを、彼は改めて警告してくれているのだ。


――けれど。


 コーデリアはふっと微笑んで、今度はアイザックの手を包むように握り直した。


「心配、してくださっているんですね。ありがとうございます。それもこれも、私が不甲斐ないせいですわね」

「違う! 君が謝ることではない。元はと言えば私が無理強いを……」

「いいえ。無理強いじゃないですわ、殿下。私は……私の意思で大聖女を目指そうと思ったんです。それは殿下のためではなく、私自身の幸せのためにそうしたいと思ったんですわ」


 一言一言に想いを込めるように、コーデリアがゆっくりと言葉を紡いでいく。


「私は、殿下が王として国を治める姿を、ずっと隣で見ていたいんです。わがままなのは私の方ですわ。あなたの妻になって、さらにあなたにも王になって頂きたいんですもの。あなたの治める、ラキセン王国を見届けたい。それが私の願いですわ」


 それは嘘偽りのない本音だった。


 優しく、それでいて賢いアイザックは慈悲深い良き王になるだろう。そんな彼が治める国はきっと今以上に豊かで、平和になるに違いない。


(原作では見られなかった()()()を、私は殿下と一緒に見たいんですわ……)


――願わくば、いつか死が二人を分かつその時まで、アイザックと一緒にいられたら。


「殿下は一つ勘違いなさっています。殿下が王になるために私が役に立つのなら、それは苦労ではなく、幸せと言うのですわ。こんなに嬉しいことはありません」

「コーデリア……」


 アイザックの瞳が、切なげに揺らめいた。


「……ならば私も誓おう。王になった暁には、必ずこの国をどこよりも良い国へと導いて見せる。飢えや戦いのない、安寧の時代を築くと。――けれどこの命だけは、君のために捧げると言わせてくれ」


 真剣そのものの瞳に、コーデリアは顔が赤くなるのを感じた。こんな情熱的な言葉は生まれて初めてだ。まるで乙女ゲームのワンシーンみたいだと思う。


(……というか、乙女ゲームの世界でしたわね! サラッとあんなセリフを言えるなんて、王子って生き物は怖いですわ……! そばにはリリーもいますのに)


 当の本人リリーは、壁のそばに控えながら必死に気配を消そうと努めていた。最も、見開かれた目が爛々と光っている上に、小鼻も膨らんでいて、主人に負けず劣らず愛の告白に興奮しているようだったが。


「加奈ちゃんが起きたって本当!?」


 そこへ、ノックもなしに扉を開け放ったひなが飛び込んでくる。相変わらず計ったかのようなタイミングの良さ、いや、悪さと言うべきか。顔をしかめるコーデリアとは反対に、アイザックが不思議そうな表情で尋ねた。


「どうして君は、コーデリアが起きたことを知っているんだ?」

「え? サミュエルが教えてくれたよ。それより! 体調には気をつけないとダメだよ加奈ちゃん! 体調管理も仕事のうちって、お仕事で散々言われたでしょ?」

「う……それは、そうですわね……。殿下にも心配をかけてしまいましたし、気をつけますわ」


 正直、今はもう少しだけ労ってほしい気分だったが、正論なだけに耳が痛い。


「……まあ、ひなの分も、加奈ちゃんが頑張ってくれたからなんだけどね」


 その後続いた言葉に、コーデリアは思わず顔を上げてまじまじとひなを見つめてしまった。とたん、ひなが唇を尖らせる。


「な、何よ。これでも一応感謝してるんだからね。加奈ちゃんがひどい怪我の人を全部引き受けてくれたこと。……あれ、痛いし苦しいし、大変だったでしょ」

「……すごい。まさか、やってもらうのが当たり前だったひなが、自分からお礼を言うなんて……」


 つい、子を見守る母のようなしみじみとした気持ちになってしまう。一方のひなは両頬を膨らませた。


「もう! ひなだって子供じゃないんだから。……ていうか、うん。すごいのは加奈ちゃんだよ。あのめんどくさい修行ずっと続けてるし、治療会だって、ひなじゃあの人数絶対捌けないし……。ひな、まだ大聖女を諦めるつもりはないけど、正直、加奈ちゃんが大聖女に選ばれても納得って思ってるんだよ」

「ひ、ひな? 一体どうしちゃったの?」


(今日は殿下といいひなといい、激しいデレのターンなのかしら!?)


 状況についていけず目をぱちぱちとしばたかせていると、ひながぷいと顔を背けた。


「別に。……たまには言っておこうかなって思っただけ。それより、ひなはそろそろ用事があるから! っていうかアイザックさまも、今は加奈ちゃんの体調が良くないんだからあんまり長居しちゃダメだよ?」


 アイザックに対する今までの執着はどこへやら。まるで友達に接するようなざっくばらんとした口ぶりに、コーデリアだけではなくアイザックまでもが目を丸くした。


「……ヒナ殿の言う通りだな。今の君に必要なのは休息だ。ゆっくり休むといい。また後でこよう。その前に、これを」


 アイザックが差し出したのは、彼の瞳と同じ色のネックレスだった。先端で光るのは濃紺のラピスラズリ。夜空に瞬く星のように、ところどころ上品な金が散っている。


 それを、アイザックがすばやくコーデリアの首につける。


「まあ、ありがとうございます。とても綺麗ですわ。それにしても珍しいですわね、ネックレスを下さるなんて」

「君は宝石を嫌がるからね。だが、これは私だと思って肌身離さず持っていてくれ」


 それだけ言うと、アイザックは立ち上がりひなと共に部屋から出ていく。リリーもエリクサーを取りに退出する。


 部屋の中に一人になったところで、コーデリアはふうと大きな息をついた。


(アイザック)だと思って肌身離さず、なんて、相変わらずサラッとそういうことをいうから照れますわ。……それにしても発熱なんて本当に久しぶり。これは大人しく休んでいろってことかしら)


 胸元で輝く雫型のラピスラズリをつまみ、光に照らす。こっくりと深みのある濃紺色が、静かに輝いていた。



――コーデリアは知らなかった。今こうして休んでいる間にも、少しずつ魔の手が忍び寄ってきていることを。

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[一言] ひなが素直に! やっぱり黒幕が気になりますが…
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