第33-2話 ラキセンの大火 ※少しだけ痛々しい表現があります
それは、初めての治療会にやって来てくれたパン屋の少年だった。
火傷は下半身のほとんどと胸の一部にまで及び、その瞳は閉じられてピクリとも動かない。子供で体が小さいことも災いしたのだろう。彼の状態は直視しているのがつらいほどひどかった。あまりの痛ましさに、涙が込み上げてきて視界がぼやける。
そばで赤子を抱えたジャックの母親が嗚咽しながら言った。
「ジャックが……妹のおもちゃを取りにいこうとして下敷きに……ううっ」
「起きろジャック! しっかりするんだ! ジャック!!!」
父親が必死に名を叫び、彼の頬を叩いているが反応はない。
コーデリアはすぐさま駆け寄ると、なりふり構わずありったけの聖魔法を注ぎ始めた。とたんに、燃え盛る見えない炎がコーデリアに襲いかかる。ジャックの感じた痛みがコーデリアに逆流してきているのだ。内臓を焼く、気の狂いそうな痛みに我慢しきれず、うめき声が漏れる。
(でも、ジャックはもっと痛かったのよ。これくらい……!)
こぼれそうになる涙を堪え、コーデリアは一心不乱に魔法を注ぎ続けた。
じわり、じわり。必死でやっているうちに、聖魔法の注がれた細胞が、一粒、また一粒再生していく。そうしているうちに、赤黒く焼かれた皮膚が少しずつ、まるで浄化されるように、柔らかな白肌へと蘇っていく。
――やがてコーデリアが手を離す頃には、彼の皮膚はすっかり綺麗な色を取り戻していた。
ゆっくりと、閉じられていた目蓋が持ち上がる。
「……かあちゃん……? おれ……」
「ああ、ジャック! よかった! 本当に、よかったっ……!」
目を覚ましたジャックに、周りからわっと歓声が上がる。顔をくしゃくしゃに歪ませた両親が、むせび泣きながらきつくジャックを抱きしめた。その様子を見てコーデリアは胸を撫で下ろし、目尻を拭った。
(……よかった。彼を助けられて)
この火傷を治せるほどの水魔法使いはアイザックを含め、皆消火活動の方に駆り出されてしまっている。もしコーデリアたちがここに来ていなかったら……おそらく彼の命はなかっただろう。
「コーデリアさま、ありがとうございます! 本当になんてお礼を言ったらいいのか……! 私たちは一生、このことを忘れません……!」
ジャックの父が涙をこぼしながら、祈りをささげる教徒のようにコーデリアの足元に頭をこすりつける。それを優しく立たせながら、コーデリアは微笑んだ。
「私こそ本当によかったですわ。ジャックを助けられたことは今後の誇りです。まだショックもあるでしょうから、今は私より彼に付き添ってあげてください。……私は他の方の治療にいかなければ」
数は多くないが、ジャックよりひどい状態の者もちらほらいる。コーデリアはジャックの両親にひとことふたこと言葉をかけると、今度はそちらの治療に当たった。
そうしてコーデリアとひなが回復に走り回っている最中にも、ドォンと、どこかで建物が崩れる音が聞こえる。どうやら消火はかなり難航しているようだった。
(殿下も怪我をされていないといいのだけど……。水魔法使いがそばにたくさんいるから平気よね……?)
ひととおり重傷者の治療を終え、コーデリアが汗を拭った時だった。明るく輝く真っ白な巨体が、ふわりとコーデリアの横に降りてくる。フェンリルだ。
『あちらに小さい子供が埋もれている。早く助けなければ死ぬぞ』
「どこですの!?」
仰天して聞き返せば、フェンリルが素早く駆け出す。ついてこいという意味だろう。仕方なくコーデリアはスカートの裾を持ち上げて走り出した。念のため、ブーツを履いておいて正解だった。
「というか、見つけたのならフェンリルさまが助けてくれてもいいんですのよ!?」
『それがな……子供相手は力加減が難しいのだ。助けるはずがうっかり噛みちぎってしまった、とかになってしまいそうでのう』
「聞いたのをものすごく後悔しましたわ! わかりました、私が助けます!」




