第25-2話 握手会、もとい、治療会
暗闇の中に、人の形をした光が浮かび上がる。それはまるでレントゲンで映し出された骨の写真のようだ。その状態で不自然に曲がってしまった箇所に触れると、コーデリアは聖魔法を流しこみ始めた。じわりじわりと、歪だった光の形が少しずつ整えられてゆき、目を開けるころにはすっかり元通りの形となっていた。
「すごい……! ありがとう。これで前みたいに仕事ができる!」
喜んで去って行く男性を、コーデリアはにっこりと見送った。
次に来たのは若い女性だった。恥ずかしそうに、もじもじと手を差し出す。覗き込めば、人差し指の爪の横に、何かで切ってしまったらしい切り傷が見えた。
「そのぉ……こんな小さな傷でもいいんですかぁ?」
「ええ、勿論ですわ。傷は傷ですもの」
手早くパパっと直すと、女性は頬を赤らめた。
「えっとぉ……聖女さまは新聞の通りの美人で……それに優しいし……。あたし、応援してます」
それだけ言うと、恥ずかしくなったのか、女性は逃げるようにしてそそくさと立ち去った。それを笑顔で見送ってから、コーデリアはひたすら治療を繰り返していった。
「はい、これで大丈夫ですわ。でも無茶はしないでくださいませね」
「ありがたいねえ、痛みが嘘みたいに引いたよ」
腰痛で困っていたおばあちゃんには腰のあたりを重点的に治療し、腱鞘炎が治らないと嘆く男性は手首に聖魔法を流し込む。そうすると、傷ついていた細胞や神経が、魔法で再生していくのがわかった。
「あのお……治してくれてありがとうございました。……ところで壺買えとか言ってきたりしませんよね?」
「あら、壺の人!」
「壺の人?」
「おほん、失礼いたしましたわ。こちらのお話ですの、ウフフ」
思わぬ再会に驚きながら、多岐にわたる治療は順調に進んでいった。軽いものではしつこい風邪や怪我、持病の神経痛などから始まり、重いものになると、切断してしまった指の再生や、失った視力の回復などまでもが行える。
「ふう、さすがにこれは大変ですわね……」
リリーにハンカチで額の汗を拭ってもらいながら、コーデリアは水を一口飲んで息を整える。つい先ほど、事故で下半身不随になってしまった男性の神経回路を癒し、歩けるようにしたばかりだ。
「すごいですね! 聖魔法は! まさに奇跡です!」
リリーが感極まったように言う。
「本当、奇跡だわ」
コーデリアは体をさすりながら答えた。
聖魔法は、水魔法には不可能な“失った体の再生”など、奇跡としか言いようのない技も使えた。破壊しかできなかった闇魔法とは大違いだ。ただし、重い治療になればなるほど、反動とも呼べる痛みや苦しみがコーデリアを襲った。
先程の男性は、事故の時に背中をひどく痛めたのだろう。彼が経験した痛みは治療の際、手を伝ってコーデリアの体に逆流してきた。ただでさえ聖魔法は魔力の消費が激しい上に、痛みもかなりのもの。正直、うめき声をあげなかったのを褒めてほしいくらいしんどい作業だった。
(でも……先ほどの男性も家族も、本当に嬉しそうでしたわね)
再び自分の足で立ち上がった男性と、その妻の喜びの表情たるや。抱き合って咽び泣く二人に、見ているこちら側が思わず泣きそうになってしまった。後ろに並んでいる人たちの中にも、何人かもらい泣きした人がいるようだ。
病気や怪我は、重ければ重いほど、必要な魔力や技術が違ってくる。下半身不随を歩けるようにするなどと言うレベルになると、賢者クラスの水魔法使いに多額のお金を積んでようやく治療してもらえるかどうか。その金額は庶民が一生で稼ぐほどの大金とも言われ、諦めざるを得ない人も多い。
もとは売名のために始めた治療会ではあるものの、そのような人たちの助けになれることが、コーデリアにはとても嬉しかった。
(痛みなんて、少し我慢すれば消えますし、今まで無駄に増やしてきた魔力が役に立ってよかったですわ)
特に使い道が見つからないまませっせと底上げしてきたコーデリアの魔力は、聖女になってから目覚めた聖魔法にも使えるらしい。その上聖魔法は闇魔法とは比べ物にならないほど消費量が大きいため、非常にありがたかった。
「聖女さま! かあちゃんを連れてきたよ!」
少年の大きな声に、コーデリアが顔を上げる。
見れば、先ほど妊婦の母親を迎えに行った少年・ジャックがこちらに駆け寄ってきていた。その後ろには、大きなお腹の妊婦を担架に乗せた騎士たちの姿も見える。
リリーが素早く列を整理し、ジャックの母親を椅子に座らせた。
「ごきげんよう。私がコーデリアですわ。お母さまのお話は、ジャックから聞いております」
コーデリアが微笑みかけると、妊娠中のためふっくらとした、それでいてどこか顔色が悪い母親が申し訳なさそうに言った。
「すみません、まさかジャックがここに並んでいたなんて知らなくて……。お恥ずかしいのですが、全然、たいしたことはないんですよ。久しぶりの妊娠だったから体力がついていけてないだけで、聖女さまに診てもらうほどのことじゃ……」
「気になさらないでくださいませ。ご存知でした? 妊娠は病気じゃないなんて言いますけれど、不調を治す薬もないから、体を大事にしなさいという意味なのですわ」
これは前世で、産休を取った女性に誰かが見送りの際に言った言葉だ。
「でも聖魔法なら、その辛さを多少和らげることはできるかもしれません。ぜひ私にお手伝いさせてくださいませ」
そう言って、コーデリアは彼女の手を取った。それからいつものように魔力の流れを探り――ハッと目を見開いた。
お腹の中にいる胎児は、心臓こそ動いているものの、何かがおかしいことを、コーデリアは本能的に感じ取っていた。




