第16-1話 ケントニス社とヒーローと
「よしっ、それじゃいくわよリリー!」
「はいっ!」
後日。
お忍びの馬車の中で、眼鏡をかけて侍女服に身を包んだコーデリアは、貴族の令嬢らしい服に身を包んだリリーと顔を見合わせ大きくうなずいていた。その隣には、いつもよりさらに仏頂面なアイザックが座っている。
「――本当に、君たちだけで大丈夫なのか。私はついていかなくていいのか」
「大丈夫ですわ、何かありましたら大声を出しますし、その前に闇魔法をぶっ放してやりますわ。リリーだってこう見えて結構強いのですのよ」
二人だけで行くと話してから、アイザックはずっとこの調子だ。何も酒場のような危険な場所に行くわけでもないのに、危ない、心配だ、同行させろと言って聞かないのだ。
けれど王子である彼が同行するとコーデリアの目的が全ておじゃんになってしまうため、なだめすかした末にやっと“馬車で待機している”という折衷案に漕ぎ着けたのだった。
「……やはり心配だ。なぜ女性二人だけなのか。せめてジャンだけでも一緒に……」
「若い女性二人だからこそ意味があるのです。それより殿下は絶対ついてこないでくださいね? 私たちが戻ってくるまで、馬車から顔を覗かせるのもダメですわよ?」
小さな子供に言い含めるように、コーデリアは再度念押しした。彼の顔には不満がありありと浮かんでいたが、一応約束を守る気はあるらしく、渋い表情のまま黙っている。
(と言うか、護衛ならジャンでもいいのですから、王宮で待っていてくださってよかったのに……。こんなに過保護な方だったかしら?)
以前から優しくはあったが、ここ最近は過保護とも言えるくらいな気がする。
「ふふふ……。殿下は、コーデリアさまのことが心配でたまらないのですね」
リリーがコーデリアの耳に顔を寄せ、嬉しそうに囁いた。
彼女はコーデリアが幼い頃からアイザック一筋なのを知っているため、二人が仲良しなのが嬉しくて仕方ないらしい。
さらにあの一連の騒動で、「聖女の誘いを男らしく断り、お嬢さまを優先した!」と言う理由で、アイザックの評価が爆上がりしているとかなんとか。
「そうね、とてもありがたいことだわ。……さ、そろそろ行きますわよリリーお嬢さま。いい? 今からあなたはリリーお嬢さま、私は侍女のコーディよ?」
後半の言葉は周囲に聞こえないようヒソヒソと囁くと、リリーがしゃんと背筋を伸ばした。元々彼女も子爵家の令嬢で、本物のお嬢さまでもあるのだ。
――コーデリアたちが立場を誤魔化すのには理由がある。
まず、コーデリアが二人目の聖女に選ばれたことについては御触れが出る前であり、公に言うことができない。それから聖女の情報は機密扱いではないとは言え、軽々しく広められても困る。そう言った点から、重要な情報を任せられるか、慎重に見極めるために変装をすることになったのだ。
(試すようなことをして申し訳ないけれど、できれば今後も末長くお付き合いしていきたいのよね。そのためにも信用に足る人物かきちんと見極めなければ)
今からコーデリアたちが向かおうとしているのは、ラキセン王国にある新聞社のうちの一つ、ケントニス社だ。
現状のコーデリアは一応聖女といえど、王家の一員ではないため公式な御触れを使うことはできない(そして御触れとなると制約も多くてめんどくさい)。そうなるとリリース配信、もとい、治療会の告知に必要不可欠なのは新聞社との連携。ノウハウを持つ民間の新聞社と手を組んだ方が手っ取り早いのだ。
勇んで門をくぐったケントニス社の建物は大きく、壁飾りは漆喰で控えめに彩られて上品さを醸し出している。
ここはまだ新聞が全て手書きであった頃から脈々と続く、王国最古とも言われる新聞社。格式高く自負も強く、また支援者に数多くの貴族がいるため親貴族派でもある。この後のことを考えるなら手を組んでおいて損はない。
「お話を頂いて驚きましたよ。まさか高貴なお嬢さまが、直接ここへいらっしゃるとは。お二人ともどうぞおかけ下さい」
来賓室では、品のいい男性が二人、コーデリアたちを待っていた。片方はこの新聞社のトップであり、最高責任者であるケントニス卿。もう片方は部下の若い男性だ。
(確かこの方もヒーローよね? イケオジ枠の)
功績が認められ、自身も男爵位を賜っているケントニス卿は、いかにもダンディなおじさまという風貌。顔の良さもさることながら品があって落ち着いており、根強いファンが多いのもうなずける。
「それで、お知らせを打ち出したいと言うのは?」
しばらく世間話をした後、ケントニス卿はおもむろに切り出した。とたん、リリーが背筋を伸ばしてキビキビと答える。
「手紙でも書いた通り、我が家で新たに慈善事業を始めたいと思っております。けれど普通の慈善事業だとつまらないでしょう? せっかくですから、何か変わったことがしたくてご連絡させていただきました」
「なるほど。その“変わったこと”と言うのは何か案をお持ちで? それともその部分での手助けをお望みで?」
「案ならもうあるのです。手伝っていただきたいのはその告知ですわ。それと、可能でしたらどう思うのか、専門家であるあなた方の意見も聞かせていただきたくて」
「告知は新聞に掲載を?」
「いいえ、新聞とは別に広告新聞の配布をお願いしたいのです。治療会への招待状、という体で」
リリーは暗記してきた内容を、一生懸命説明した。ケントニス社の二人は時折メモしながら真摯に耳を傾けており、コーデリアはその様子をじっと見ていた。
やがて話が一段落したところで、不意にケントニス卿がコーデリアの方を向く。それからやけにゆっくりとした口調で問いかけてくる。
「……ところで、リリーさまのお話は分かりましたが、そちらにいるコーデリア・アルモニア公爵令嬢さまは、どうお望みでいらっしゃるのですかな?」




