第15-2話 広報活動を始めましょう
コーデリアは続けた。
「一度目の開催後は、反響と実際の手応えを見て『大好評にお答えして第二弾を開催!』と銘打って今後も定期的に続けるつもりです。その合間に、修道院と施療院を回るつもりですわ」
定期開催と聞いたアイザックが、ぴくりと反応する。
「定期的にしてしまってよいのか? 一度ならず二度三度行うとなると、それは仮に大聖女が決定した後、今度は公務としてのしかかってくることになるぞ」
「構いません。それでこそ貴族の嗜みですもの」
さすがに短いスパンでの開催は厳しいが、そこは無理のないペースで続ければいいだけ。ある意味これも貴族の義務と考えれば、大聖女とは関係なくコーデリアにとってはやるべきことと言える。
コーデリアがきっぱりと答えると、アイザックはしばし目を瞬かせた後に、感心したように言った。
「その考えは立派だ。婚約者として誇らしく思う」
「ありがとうございます。……照れますわね」
(突然サラッと褒めてくるのって、地味に威力が高いですわよね!)
コーデリアは急いで手で顔をパタパタと煽った。こんな風に真正面から褒められることに慣れていないこともあり、すっかり顔が赤くなってしまっている。
「君の頑張りに負けないよう、私も僅かながら手伝わせてもらおう。貴族たちの動向調査は私に任せてくれ。また、全国の施療院と免許持ちの水魔法使いには、私のエリクサーを支給する」
「「エリクサーを!?」」
その言葉に、コーデリアだけではなくジャンも声を上げた。
エリクサーとは、賢者称号の水魔法使いだけが作れる万能薬だ。全ての病気を治すわけではないのだが、非常に広い病気や怪我に効果のある、ありがたすぎる薬だった。しかも『私の』と言うことは、アイザックが直々に製造したものを配るつもりらしい。
ジャンが慌てたように確認した。
「殿下……。全国って、相当の数になりますよ?」
「元々公務の合間を縫って製造した予備のものがあるし、足りないのならまた作ればいい」
さらりと言ってのけるアイザックに、今度はコーデリアが慌てる。
「それはそうですが、殿下にそんな負担をかけられませんわ!」
「言っただろう、君への支援なんだ。これくらいは協力させてくれ。それに、君もその方が都合がいいだろう?」
「……まあ、確かにそうなのですけれど」
おそらく、今後コーデリアが聖魔法を大盤振る舞いすることで、施療院を訪れる患者はグッと減るだろう。そうなれば水魔法使いたちは飯の食い上げだ。その対策として貴重なエリクサーを支給することで、一時的に不満を抑えようという目論見なのだろう。
「本当に助かりますわ。……その上で、図々しくももう一つお願いをしても?」
「言ってみてくれ」
「王宮の部屋を一つ貸していただきたいのです。警備面から見ても管理面から見ても、王宮で治療会を行うのが一番安全だと思うんですの」
「わかった。聖女に関することは王家にも関わること。私から陛下に各方面で協力を仰げないか聞いてみよう。警備についてはジャンを任命する」
アイザックがジャンを見た。近衛騎士を務めているだけあってジャンは剣の腕が立ち、騎士団でもかなりの地位についている。
「任せてください。“聖女コーデリアサマ”の護衛は気が向かないけど、殿下の命とあらば」
聖女の部分を強調しながら、ジャンが立ち上がって優雅に一礼して見せる。
コーデリアは腕まくりをすると、力強く羽ペンを握った。
「よし! 色々当てがつきそうですし、早速ニュースリリースのラフを書かないとですわね。効果的な見出しと、注意書きも考えないと……」
「“にゅーすりりーす”とはなんだ?」
「あっ! いいえ! ただの言い間違いです! 気にならないでくださいませ、ウフフ……」
突っ込まれて慌てて誤魔化す。興奮して、つい前世の言葉を使ってしまったらしい。アイザックが瞳を細めた。
「……思えば、君は昔から時たま不思議な言葉を使うことが多かったな。ヒナ殿が、君を“カナ”と呼んでいたことにも関係があるのか?」
思わぬ質問にコーデリアはとび上がりそうになった。瑠璃色の瞳が、探るようにこちらをじっと見つめていている。
「それ、は……」
(どうしよう……前世のことを話すべきなのかしら……でも前世のことを話すと、下手するとひなの悪口大会になっちゃうわ! それは避けたい)
口籠もったコーデリアを見て、アイザックがふっと視線を落とす。
「……言いづらいことを聞いてしまって悪かった。聖女にしかわからない何か特別なこともあるのだろう。いつか話したくなったら、その時は教えてくれ」
「殿下……」
(無理強いしてこないあたり、やっぱりお優しい……)
優しさにときめきながら、コーデリアは心の中のタスクリストにデカデカと『前世の話を悪口にならないようまとめる』と書き加えたのだった。




