第8-2話 ウォーミングアップを始めましょう
アイザックから再び連絡が来たのは、それから一週間後だった。
いつものように特別教室にこもっていると、どこからともなく一羽の小鳥が羽ばたいてきた。そのまま目の前で、手紙へと姿を変える。青い封蝋には第一王子の指輪印章が押してあり、アイザックからだとわかる。
コーデリアは立ったまま手紙を読むと、すぐに踵をかえした。
「リリー! 急ぎ帰宅の準備をしてちょうだい。すぐにでも王宮に行かないといけないみたい」
手紙には、『話せば話すほど聖女がどんどん意固地になっていった』こと、そして『国王である父までもが引っ張り出されてしまった』ことなどが書かれている。コーデリアを呼び出したのは、国王が直々に、一度話し合いの場を設けたいからという理由らしい。
(なんとなく、そんな気はしていましたけれど……)
着替えながら、前世を思い出す。
ひなは過去に一度だけ、欲しいものを手に入れられなかったことがある。その際全身から怒りのオーラを発しながら暴れ狂う彼女の姿は、暴れ牛ですら可愛く見えるほどだった。今まで何でも手に入れてきた分、望みが叶わないのが許せなかったのだろう。
(確かあの時は……十歳だったかしら? ひなが突然『毎日運転手付き超高級車で学校に送って欲しい』って言い出したのよね)
ひなの実家は比較的裕福だったため、今までも散々ブランド子供服やらピアノやら、加奈から見れば十分すぎるほどの高級な品を与えられていたのだが、流石に運転手付き高級車は話が違ったらしい。
望みが叶わず怒りで荒れ狂うひなと、疲弊しきったおじさんおばさんの顔はいまだに忘れられない。
その後勝手に加奈が“リムジンの乱”と呼んでいたその騒動はどうなったかと言うと……ひなが諦めたのだ。両親に望みを叶えてもらうことを。代わりに、どこから連れてきたのか、某大手グループの名誉会長だと名乗るおじいちゃん(後に加奈とひなが就職した企業の会長とは別)を捕まえ、見事、高級車での送迎生活を実現してみせたのだ。
(もうあれは一種の才能よね……。『うちの孫と結婚してほしいのう』とか言われて、信じられないぐらい可愛がられていましたもの)
結局三か月もしないうちに「飽きた」と言って何事もなかったかのように徒歩登校に戻ったひなだったが、その後もおじいちゃんからの至れり尽くせりな支援は続いたという。ついでに孫である御曹司からも猛アタックされていたはずだ。
思えばあの頃からひなは“おじいちゃんキラー”でもあった。そして今、ばっちりその対象年齢に当てはまる男性が一人いる。
(国王陛下、ご乱心されていないといいのだけれど……)
そんな心配をしながら、コーデリアはリリーたちと急ぎ帰路についた。




