002 太陽の王子 月の公女 その1
王立アイネイアス学園
のちに賢妃と称えられた、夫であるレビル王を差し置いて王国中興の祖として歴史に名を残したアイネイアス王妃の発案から、この学園は設立された。
目的は端的に言ってしまえば後進育成である。
それまでも諸侯は自らの手で後継者の育成を行っていたが、その教育内容は諸侯毎に異なり、いざ王宮で会議を行うと各人の理解レベルには乖離がありしばしば問題となっていた。
また、個人毎に教育を施すことは理解度に応じて教育速度を変更できる利点がある半面、競争相手を得ることで切磋琢磨し自身を磨く機会を失うことを意味していた。
だからこそ王都で一律、同じ思想で同じ教育を施すことで優秀な未来の指導者を多数育成することにしたのである。
また、この学園は王族・貴族だけでなく平民の入学も可とした。
当時この決定には多くの反発があったがアイネアイアス王妃は断行した。
賢明な彼女は気が付いていた。人は犬猫とは違う。鷹が雀の子を産むかもしれないし、反対に猫が虎の子を産むかもしれない。
この時、王国が建国されて250年程が過ぎていた。今の国の要職についている者は建国期に大功を立てた者の末裔だが、先祖と同様に大功を立てられるほど有能な者であるとは限らない。それとは逆に、市井の中に将来国を任せるに足る大器があるやもしれない。
それゆえに王妃は平民の入学をむしろ推奨すらした。もちろん、誰もがとしてしまえば面倒を見切れないので入学にはそれ相応の学力試験を課した。
当初、学園の設立に懐疑的な視線を向けていた当時の重臣達も5年、10年、20年と時間が経てば経つほど明らかになる学園の有益性の前に押し黙った。
それまでは優秀と聞いても実際には違っていたり、反対にいい話を聞かなかった若者が実は優秀だということが多々あった。
これは教育カリキュラムが諸侯によって異なり、評価方法も異なっていたからである。
対して学園という共通のフィルターを通すことで若手の人物評はこれまでよりずっと公平で信頼のおけるものに変わった。
こうなれば逆に学園で高い評価を受けることが将来中央での出世につながると諸侯は挙って教育に力を入れた。教育に力を入れれば入れる分だけ将来への人材育成が進み、それは将来国を担う人材が育つということでもあった。
また、平民たちから見ても学園は魅力的であった。生まれは問われず、その門はとても狭いものであっても学園に入り、さらに高い評価を受けることは一躍明るい将来を約束されるにも等しかったからだ。
実際に学園出身者の平民が王国の中央省庁に出仕する事例がいくつも出た。中には貴族よりも優秀な成績を修め、そのまま官僚として採用、さらには中央の大官僚にまで達する平民すら出た。特に農村部で次男以降に生まれてしまった者からすれば家に残っても長男の小間使い以上の将来は期待できないので必死になって勉学に励んだ。
才覚さえあれば裕福な生活を送れると意気込む平民。平民ごときに負けてたまるかと一層奮起する貴族。
学園は正しい競争の場として機能していた。
それからさらに年月が過ぎた。
この間も学園は教育カリキュラムの見直しや女子の入学許可、男女による教育内容の原則統一化なども経てなお王国の人材育成機関の基本にして中核としてあり続けた。
現在では13歳から15歳まで共通で様々な分野の基礎部分を学ぶ初等学校と、16歳から18歳の間でいくつかの共通科目はあれど将来にあわせてクラス毎に異なる専門的な内容を学ぶ上級学校の2つに分かれている。
そしてロイエンタール王国が建国されて516年目。
250年近くの歴史を誇るアイネイアス学園の初等学校にこの年、2人の大物が同時に入学することになった。
1人はロイエンタール王国国王の長子、フランセルク・ロイエンタール第一王子。
もう1人はロイエンタール王国建国三傑の末裔にして王より領地ではなく、属領ではあるが独立した国を任されているイグナート公国公王の一人娘、ヴィオレーヌ・イグナート公女。
これまで数多の名門令息令嬢を受け入れてきた学園ではあるが、久々となる王族の入学を前に今一度教育カリキュラム、警備体制の見直しを徹底することになった。
何か問題が起きたら……
学園の運営に携わる誰しもがそう考えたが、それは杞憂に終わった。
2人はただ名門の出というだけでなく、まさしく模範的な生徒であり続けた。身分に驕ることなく、それでいて王子・公女としての矜持を持ち、行動で貴族とは如何にあるべきかを示し続けた。
また理想的な生徒であるだけでなく、婚約者同士である2人は理想の恋人像でもあった。式典では文句のつけようのない完璧なエスコートをする王子。それに見事に応える公女。
風紀を理解し、学生であること、未成年者であることを弁え過度に接することはないが、互いに互いを深く信頼していることは誰の目にも明らかだった。
いつしかその姿は学園の誰をも魅了し、尊称まで出来上がってしまった。
フランセルク王子は輝く太陽の様な金髪と蒼天を思わせる青く澄んだ目を持つことから太陽の王子と敬われ、ヴィオレーヌ公女は満天の星空を思わせる輝く銀髪と月の様な白く美しい肌を持つことから月の公女と称えられた。
そして問題どころか他の生徒の手本となり続けた2人は一切問題を起こすことなく初等学校を卒業。
上級学校では2人とも当然のように為政者・官僚コースを選択し将来に備えていた。
そんな優等生2人がある日、人知れず問題を起こした。
「ヴィオレーヌ。すまない。俺との婚約解消を本気で考えてくれないか」
フランセルクとヴィオレーヌを江戸時代で例えると、
フランセルク:徳川本家の御曹司
ヴィオレーヌ:御三家の令嬢
に相当します。
ちなみに普通の貴族令息・令嬢は旗本レベル。大貴族で譜代大名レベルでしょうか?
なのでフランセルクはもちろんですが、ヴィオレーヌもものすごいお嬢様です。
また、ロイエンタール王国は江戸幕府が関ヶ原の戦いを経て政権を樹立したのとは違い、外様大名の力を借りて王朝をたてたわけではありません。そのため、江戸幕府と違い王家と公家の力が非常に強いです。
史実の江戸時代の総石高は時期にもよりますが、日本全土で2700万石程、うち徳川本家で400万石程、御三家は合わせて150万石程でした。
この力関係を本作のロイエンタール王国に例えるなら2700万石のうちロイエンタール王国王家と王家の譜代貴族で1000万石、ヴィオレーヌの実家であるイグナート公国家とその譜代貴族で400万石、イグナート公国家と同等の勢力を誇る400万石クラスの公王家が他に2つ。残り500万石を複数の外様大名もとい辺境伯が支配している感じです。