リベリアは誓う
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私はリベリア・ルル・ミラルーク。
若くして王国騎士団第三団長を任された才女と呼ばれる逸材だと皆からはそう慕われていた。しかし、私は剣で生きてきた女とも周りはそういうのだが、私だって女だ。
男の気配がない、男を知らない女だと同僚からからかわれるが、私は一度結婚したことがある。
───いや、前はと言うべきか。
九十九篝。
彼とは時間が繰り返されるかの様に何度も出会っていた。
一度と二度目は恋人として。
三度目は夫婦として結婚した。
しかし、それは全て私自身の手で壊してしまった。
特に、三度目は絶望の一言しかなかった。
三度目は私にとって幸せの絶頂だ。
結婚をして、そして一人の愛娘ハーツを授かったのは彼と一緒に泣いて喜んだ。
彼は私と結婚するに辺り、私の両親から条件があった。元々私は第一騎士団長の息子と許嫁同士だったのだ。だからこそ、彼との結婚は容易ではない。
条件は唯一つ。
私達の家系は騎士になるのが絶対。
だからこそ、騎士団長にならなければ彼との結婚が出来ないと言われたのだ。しかも猶予は二年。猶予を越えてしまえば私は許嫁と結婚しなければならない。
だが、彼はやってくれたのだ。
その期間で私と同じ第四騎士団長となり、同僚や部下から厚い信頼を持つほどの存在となっていた。しかも彼は私の婚約者であった第一騎士団長の息子とは最初はいざこざはあったものの、彼は騎士として最も大事にしていた"聖剣カリバーン"と"聖剣デュランダル"を献上してしまう。それを許嫁と第一騎士団長は快く話は解決し、晴れて結婚する事が出来たのだ。
そして……あれは、結婚して一年くらいの事だろうか。私は第三騎士団長を辞めた後、彼から私に内緒で右目を移植してくれたのだ。その右目は紛れもなく彼の目。彼は騎士ではなく自分の妻となるならばこれから色々大変だろうと言って移植してくれた。普通なら騎士として隻眼になるとは場合によっては致命的な筈だが、それを感じさせない程日々成果を出していく。
結婚して一年半後、私は彼との子を妊娠したのだ。
その数年後には愛娘も七歳になり、私は妻として母として充実な日々を送っていた。よく娘の友達の母親同士で話をしていると夫が冷たくなった、愛を感じなくなった等と不満を溢しているのを黙って聞いているのだが、その時の彼は昔よりも毎日私と娘に愛情を注いでくれた。
そう言えば、私が妊娠している事がわかった時から酒豪だった彼はそれから一切お酒は飲まなくなった。仕事が終われば即効帰宅するし、休みの時は私の代わりに家事を全てしてくれる……もぅ。総騎士団長として日々忙しいからこそ、その大変さはわかるし彼には休んでほしいと頼んでも「ぇ……俺、邪魔だった?」と悲しそうにシュンとしてしまうのはあの時でも可愛い。
どんなに嫌なことや大変な事があって、彼が機嫌悪そうにしていても彼は私に抱き着いて幸せそうな表情を見た時は、私は愛されてるなってよく感じてきた。そして一緒にお風呂に入るのだが、あの歳になっても恥ずかしさとかよりも幸せが強く勝っていたんだ。
そしてそれから更に数年、彼は戦死した総騎士団長として新たな総騎士団長となった。
この時は娘は彼がかつて在籍していた学園に通っており、14になっていて日頃変わらずパパ大好き。パパを愛しているのは私もだけど……。
でも、ここから私達の幸せが崩れていった。
もう、思い出したくもない。
あの男が現れなければ……私達は、幸せだったのに!!!
私と娘は、まんまとあの男に出会った瞬間、そこから肉体関係を持ってしまった。篝の事も忘れて……。
彼がいない間は毎日あの男によって娘と共に快楽に堕ちていた。
そしてあの男に、結婚しようと誘われたのだ。
ふざけるな、誰がお前なんかに───。
しかし、心身共に自分では無いようであの男の申し出を受けてしまったのだ。そして最も邪魔となる、篝をどうにかして排除しようと私は娘と共に計画を練っていた……。
計画は全て成功した。
彼は、投獄されるまで私と娘を信頼していた。
あの絶望に満ちた表情は、今でもわすれられない。今でも夢で出てしまう程、私は最もやってはいけない愛する夫を陥れたのだから。
彼が処刑される寸前、私と娘は一度だけ監獄へ赴いていた。
あの時の彼は、左目を潰され、片耳を切り落とされ、何度も拷問されたであろう私でも羨む白い肌は鞭や焼かれた痕がくっきりと残っていた。しかも左足と右腕も切り落とされ、その残った左手と右足の指の爪も全て剥がされている。
このまま処刑せずとも、あと数日で衰弱死するのは目に見えていた。
声も潰れ、何も出来ない彼は閉じられた両瞼から涙を溢していた。
そして処刑が結構される日、処刑台に連れられた篝。私は何がどうしても助け出したいのに、ただ傍観していた。彼の首が処刑台のギロチンに設置される前後でギャラリー達の中には───いや、その殆どが暴動と化していた。
────篝さんが、そんな事するわけがない!!!
────ふざけるなッ!!!九十九君を離せ!!!
────こんな暴挙が、許される筈無いだろう!!!
全員が九十九篝を助け出そうとしていたのだ。
そして騎士の中にも同じく彼を助けようと処刑台へ向かおうとする者もいたのだが、それを取り押さえる騎士達。しかし、騎士達の中に啜り泣く声を私は聞いていた。
あぁ、彼はこんなにも慕われていたのか。
しかし、そんな彼を陥れたのは私達。
────総騎士団長が死ねば、誰がこの国を守るんだ!!!
────この国の守護神を、この国が殺すのか!!!
────こんなの、明らかに冤罪でしょうに!!!
守護神。
あぁ、彼は気付いていないだろうが、彼は既に前総騎士団長をも越える最強の騎士にして国民達から"守護神"とも慕われていたんだ。
彼等からすれば、最も信頼すべきヒーローの様な正義の味方だ。
子供達も石を投げて処刑人の邪魔をしようとする。
───そうだ、子供達からも人気だったっけ。
娘の友達からも尊敬されていて、娘もパパの様に立派な騎士に成りたいって……。
誰か。
誰でもいい、誰でもいいから。
彼を、夫を、九十九篝を、助けて───。
しかし、無情にもギロチンの刃は落とされた。
彼の頭は転がっていく。
私と娘はその日も、あの男に抱かれていた。
けれども、私も娘も限界だった。
夜、私は何故か自分の思うように身体を動かす事が出きるようになっていた。あの男が寝ているのを他所に私は寝室から駆け出した。
場所は、彼の遺体が眠る墓地の奥。
元騎士団長としての感覚はまだ鈍っていなかったのか、直ぐに彼の遺体が埋葬された場所に着いた。
私は両手で埋められた土を掘る。かなり奥に埋められていたのだが、埋め方が甘かったらしく土は比較的に柔らかい。そして自分の馬鹿力で掘り進めていき、漸く彼が眠る棺桶を見つけた。その時の私の手は爪は剥がれ、血だらけになっていたけど、篝が受けた苦痛と比べれば優しいものだ。
───ママ……。
その時、娘のハーツも服を見出しながらも涙目で息を切らしていた。足は私と同じく裸足で、血が滲んでいる。
私と娘は何も言葉を交わす事なく、棺桶を開けて遺体になった彼を抱き上げる。誰がやったかは解らないが、彼の首は糸で丁寧に縫われていたからこそ、簡単に外れない様にされていた。けれどもその断面からは全ての血が出しきっていたのか血が溢れる事はない。しかし棺桶の中は血の海だ。血を失った彼は監獄で見たよりも更に細く窶れていた。
ごめんなさい。
こんな言葉を言った所で何も変わらない。
この時、私と娘は同じ行動を取っていた。
考えていた事も一緒だ。
私達を取り囲む様に魔法で炎を出現させ、私と夫、そして娘と一緒に炎の中で燃えようとしたのだ。そしてその炎は私達にとって救いの炎。
そして、私は夫と娘と共に炎の中で塵になるまで燃え盛り、消えていったのだ───。
次に目を覚ませばまた時間が遡っていた。
しかし、一つ変わった事がある。
『……ママ』
私の隣には竜がいる。
何故かは不明だが、あの時に共に死んだ娘が竜となって私の側にいたのだ。最初は解らなかったが、娘は竜として成長していった。
『パパに……会いたいよ……』
「そう、だな……」
しかし、それは駄目だ。
私達は彼と会うことは出来ない。
もう、私は彼を幸せに出来ないと悟っていたから。
そして再び、あの惨劇を生み出してしまうと。
あの男を殺せば、と思っても肝心のその男が何処にいるかわからない。学園にいるのだろうが、本当に誰なのかわからない。
何故なら、一度目も二度目も……そして、三度目も違うからだ。
名前も、背も、性格も共に違うのだから一体誰なのかわからない。最初、あの男がいないと思って油断していた。
もう、私ではどうしたらいいかわからなかった。
けれども、彼は私ではない女性と付き合う光景を何度も目の当たりにしていた。しかし、私はそれでいいと思っていた。何度も何度も何度も……私ではない女と恋人になり、夫婦になるのを私達は遠目で見守っていたんだ。
しかし、最後は彼は死んでしまう運命……。
何度も何度も、時間を巻き戻してしまうのだ。
もう、見ていられない。
あの女なら幸せに出来ると思っていても、嘲笑うかの様に裏切って殺してしまう。この状況をわかっているのは、私と娘だけだ。
───彼を幸せにしなければならない。
だからこそ、私は、どんな手を使ってでも、九十九篝をこの絶望の連鎖から解き放とう。それが私の役目だ。
『……うぅ』
「ハーツ……」
しかし、現実は非常だ。
娘は彼に拒絶され、酷く落ち込んでいた。娘はパパが大好きだから、あんな風に威圧されればショックでしかない。けれども、仕方がないだろう。何せ彼は時間と共に巻き戻っているのだから……私達の事も知らない。
『うひっ!うひひひひひ♪』
「は、ハーツ?」
『パパっ、すごく、かっこよかった♪わたしのこと、みてくれた……っ♪はなしてくれた♪』
嗚呼、そうか。
もう、ハーツはパパを裏切ってから遠目からしか見たことがない。そして何度も死んだ事を知らされ、或いは死んだ亡骸をその目で目の当たりにしたことがあった。
だからこそ……もう、ハーツの精神は狂っていたんだ。
『大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き───パパ、だぁいすきぃっ♪』
あぁ、そうだよねハーツ。
私も、篝の事をこの世で一番愛している。
もう、諦めることを諦めよう。
もう他の女に頼る訳にはいかない。
『ねぇママ!はやくパパとして、三人で暮らそう♪誰もいない場所で───』
「あぁ、そうだな」
私が───私達が、篝をどんな手を使ってでも幸せにするんだ!!!