九十九篝は、対峙する。
王宮内。
そこは大広間であり、あらゆる装飾品や芸術品が並べられていた。が、今では殆どが破壊されており、白き床や壁も抉れてしまっている。
"ルナ・ヴァイオレッド"こと、"怪王テュポーン"の第一子『スキュラ』が対峙するは、この国最強である総騎士団長その人である。
両者一歩も引かず、互いに余裕のある表情で小手調べをしていた。
「へぇ。人間風情が、アタシと互角ねぇ」
「カッカッ!貴殿が人ではない、高次元の生物なのはこの奇天烈な動きで判った。しかし、わしもそれなりに奇妙奇天烈摩訶不思議な輩とやり合ったからのぅ。」
「――――――――ああ、アンタね。アタシ達の邪魔したのは」
「はて、なんのことやら。わしは、直感的に動くことは多いが貴殿らの邪魔したのか。して、それが功を成したか」
「やり直しで、記憶がない筈のに―――――心底、イイ直感ね」
「ほっほっ!じゃが、わしの直感では――――――この戦いはお開きじゃ」
「はぁ?」
「安心せい。わしの代わり――――――――いや、この気配じゃとそれ以上じゃぜい。心して掛かれよ、貴殿よ」
「何を―――――――」
その刹那、王宮の入口から炎が現れる。しかし、それは比喩ではあるものの隠す気も一切ない闘争心とその気配がまるで闘志の炎の如く燃えが上がっていたのだ。
総騎士団長も、スキュラも、そのモノの存在を知っている。知らない筈かない。
「―――――――ほぅ、見知った顔があるな。まさか、とは思ったが面白い」
「!」
現れたのは、九十九篝。
しかし、何時もの九十九篝と違うのは―――――――煌めく黄金の獣の如く耳や尻尾、そしてその髪だ。まるで神秘に満ち溢れた姿は何よりも神々しく、その存在は恐怖の化身である。
「ほっほっ。楽しそうじゃのぅ、篝くん」
「総騎士団長」
「もうそんなに強いんじゃからわしの後継者にならんかの?ぶっちゃけそろそろ隠居したい。篝くんが次期総騎士団長になれれば安心なのじゃが――――――」
「すまぬな総騎士団長殿。オレには荷が重い。さらに言うなら興味はない」
「また振られてしまったのぅ」
カカカッ!と笑う総騎士団長に、肩を竦める九十九。このようなやり取りを幾度もあったのだろう。戦闘態勢を解いた総騎士団長は、ちらりとスキュラを一瞥すると九十九に確認する。
「わしは第二王子様の元へ向かうとするかのぅ。今は王の間にいるはずじゃて―――――――」
「感謝する」
「欲張りさんめ。ま、わしも持病の腰痛で辛かったから助かったの。では」
老体とは思えぬ速度、まるで霧から晴れたかの様に姿を消した総騎士団長に思わず関心する九十九。あれこそが歴戦の強者であり、何度もループした中で敗北したことのない強者だ。やはり、総騎士団長と手合わせを――――――と欲を掻きそうになるが今は目の前の相手である。
「どうした、戦わぬのか」
「アンタ…………全く動じてないわね」
「ふははっ!こういうことは慣れている。安心しろ、恨み辛みなどは一切ない。むしろ己の目を見誤っていたことを恥じるのみだ。まさか、日頃から接触してきたお前がオレの敵になるとは。そしてこれ程の力を惜しげもなく垂れ流す――――――――相手にして不足はない」
「――――――――アンタ、そこまで壊れてるのね。ほんと、あいつら何を考えて」
「どうした、余所見する程余裕――――――――か?」
スキュラがこの黒幕がいるであろうソラに目を向けた刹那、まるで今から真正面から攻撃するぞ!とバカ正直に殺気を放ちながら九十九は蹴りを放った。
それを間一髪でその蹴りを避けたスキュラは、後退しながら身体の周りに水を纏う。大小の水玉を浮遊させ、それぞれが紅・蒼・翠の色が付いている。
「ほぅ。『五大属性』の水か。中々厄介そうだ」
「ねぇアンタ。何度もやり直ししてるんでしょう。散々苦しめられて、裏切られて―――――――こんなことを仕組んだ奴ら、許せないでしょう。ならば――――――――アタシと共に来なさい」
「『テュポーン』、か?」
その言葉に、スキュラは今までにない誰にも見えない程の怒りに染まりきっていた。それに反応してから、周りの水は渦を巻き真っ赤な血のように染まっている。流石のその剣幕に流石の九十九もたじろきてしまう。
「あんな、あんな『テュポーン』なんざ不要よッ!!!母も、弟妹達も、誰も気付かず疑わず従うのみッ!!!あの女神達だってそうだッ!!!これは単なる実験場、しかもたった一人の人間の為に――――――――――あまりにも残酷なことを」
「――――――それがオレだと?」
「そうよッ!!!このことを知った時、あのゼウスに記憶を封印されたわ。私をこの世界の住人の一人にされて、ね。けど、全ての封印は解かれた。――――――――篝、アタシと一緒にこの世界を破壊しましょう。もうこれ以上苦しまなくていいの。傷付かなくていい。ただ―――――――――ただ、アンタが幸せになって欲しいの」
その言葉は真実であった。
彼女は本来、父である『テュポーン』の復活に関して従ってはいたのだ。しかし、ある時遠目ではありながら一人の人間に恋をした。一目惚れであった。
どうにかその人間を我が手に、と欲を抱いたことがある。所詮は恋。ただ、お気に入りの人形を手に入れようとしただけ。しかし、その幾度もやり直しをしていく中、その人間はまさしく“バケモノ”だと感じた。気が狂う程の悲劇を、裏切りを、絶望を味わっても尚―――――――彼は狂っていった。
それはあまりにも、醜くも這い蹲り戦いに散り行く事を望む美しい“獣”であった。幾度も幾度も、徐々に本性を現した獣は今、確実に“獣”そのもの。それが彼女の“恋”が“愛”に変わった瞬間であった。
故に、その人間を自分のものにしたいと願った。叶わぬ夢だと知りつつ愚かにもそう願ったのだ。何より、この苦しみの連鎖から解き放ち幸せになって欲しいとも願ったのである。
理不尽だと思った。
何故彼だけがこれ程苦しむのかと。
女神達さえ、【神王】ゼウスさえ始末すればこれは終わると信じていた。
だが、彼女は意図せずに知ってしまった。
知ってしまったのだ。
父【神王】テュポーンが、【神王】ゼウスと手を組みこの現状を意図的に作り出したのだと。
怒りを覚えた。
彼女達は【神王】テュポーンの封印を解くために命をかけて女神達と戦った。全ては父のために、と。しかし実際はその人間一人の為に彼女達は動かされていただけ。もし母であるエキドナや弟妹達が知れば喜ぶだろう。
しかし、スキュラは喜べなかった。むしろ憎しみが増えたのだ。恐らく女神達もまさか自分達が仕える【神王】ゼウスが宿敵【神王】テュポーンと裏で手を組んでいるのは知らない。もし、その事を知れば彼女達はどう思うのか。
――――――――いや、同じくそれを知って自ら仮死状態になった女神がいる。それほどこの事実は耐え難く受け入れられないこと。女神達も本当は、彼のことを芯から愛していたがそれを押し殺していた。
既にこの世界が限界なのは知っている。それ程のリソースを費やし尽くしたのだ。しかし無事にこのリソースを費やし尽くし完了してしまえば、それは完成したことを意味をする。それを阻止するには、大元である【神王】ゼウスを倒す他ない。
「だから―――――――」
「はっ!何を抜かすかと思えば――――――阿呆め。オレはこの裏に誰かが仕組んでいるのはとうの昔に気付いている。だから、どうした。むしろ今では感謝している位だ。そのテュポーンとゼウス―――――――ふむ、耳にした事があると思えば前世の世界であった神話の神々の名だ。神話名は―――――――はて、何だったか。如何せん何度もループした為か記憶が薄い。しかし、それは些細な事だ。オレはオレである為に、戦う。幸せになれ?貴様―――――――オレに指図するか、実に不愉快だ。それを願うならばオレと戦え強者よ。それこそが、オレが求めるソレだ」
「―――――――――――なら、アンタをここで止めるわ。そしてアンタの魂を」
九十九の周りに突如として水牢によって閉じ込められる。そしてその水牢から幾つもの氷の針が飛び出す。常人ならば串刺しになってしまうが、九十九篝という存在にはそよ風に等しい。
「―――――――――――この程度でか?」
まるで何事も無かったかの様に、九十九の片手には小さな太陽を形成され、その刹那水牢も氷の針も、スキュラが纏っていた水球らが全て蒸発した。
かの者は神でありながら【神殺し】であるヒノカグツチを宿した事により、進化の域から更に逸脱していた。金色の姿は、煌めく黄金。まさしく連想させるのは、“太陽”そのもの。本来ならば【神名:天照】の姿、つまり女性の身体でなければ炎は扱えない筈だが――――――今の姿は【神名:天照】の力ではない。
ヒノカグツチを宿した事。加えて【神名:天照】という太陽の化身とも成った事により、九十九篝の肉体に異変或いは変質してしまったのだ。【神王】らが、この変化を見えば驚愕し計算外ではあるものの――――――――まさしく嬉しい誤算。
九十九篝―――――――そのモノは、もはや人間ではなくなった。人の形をした、人の真似事をするバケモノ―――――――――超高次元生命体。又の名を人々が口にする“神”である。
単なる人間が神に成るのは、あり得ないこと。
しかし、それを現実に成ってしまったのは様々な要因が確かにあった。
まず、彼の種族が“狐の獣人”であること。人の形をしながら狐の要素を宿す存在。狐は、長い長い年月で心身共に変質し自らの霊の格を上げていく。“神”という超高次元生命体まではいかないが、高次元生命体にはなる。つまり“妖狐”や“狐仙”が挙げられる。
そして、“死”である。
幾度も死を体験したかの者は、あらゆる絶望をも味わった。しかしその“死”に至り、そして再起した存在は心は狂う。だが、“心の死”は無かった。心が麻痺した――――――それこそが、“人としての感覚”を失ってしまう要因。或いは、人の感覚から、人外へと感覚へと至ってしまった。
何年も生きてきた狐人は、本来ならば少し人外の域に入った存在だが――――――――幾度もなく“死”と“絶望”を体験した事により、心身共に本来その年月では辿り着けぬ領域に達してしまったのである。
そして最期の要因は―――――――――ヒノカグツチを宿し、そして【神名:天照】と成ったこと。神を宿し、神と成った事が最後のトリガーとなったのだ。ヒノカグツチは、神殺しでありながら間違いなき神である。火の化身であり、その炎は神をも焼き殺す。
【神名:天照】―――――――それは太陽の神であり、太陽そのもの。どちらかと言うとヒノカグツチを宿した事により、“神殺し”の“性質”を。【神名:天照】に成ったことで“太陽の一端”を扱えた事がそのモノを超高次元生命体をなるキッカケだったのだ。
――――――――――彼の者、九十九篝。
そのモノは、ある一つの超高次元生命体と化す。
“太陽の化身”とも成り、本来ならば“霊”となる筈だが“神殺し”の性質を宿した事により――――――――――――――――――――――――――――【金狐】となったのである。
「この程度で終わらしてくれるなよ、貴様よ」
この瞬間、顕現は、完成された。
【神王】らが―――――――ある存在が、求めていたモノに。
それこそ―――――――――【神王】と肩を並べられる程の存在の誕生であった。
しかし、現実は非情だ。
絶対的な強者の誕生に、【神王】らが見過ごす訳が無い。
そしてこの世界に異変が起こる。
「―――――――――む?音か…………………それも、喇叭か?」
「まさか、もう――――――――!?!?」
世界に鳴り響くのは、喇叭――――――数多のラッパの音であった。強く、轟くラッパの音はこの世界森羅万象全てに耳にしただろう。誰もがこの現象に戸惑う中、スキュラは顔を真っ青にしていた。
この事態がどういう意味なのか。
それを理解していたのはスキュラを始め女神達と、怪物達のみ。
世界の―――――――――崩壊が始まる。
「これは、どういう―――――――」
そして九十九が辺り全て分解されていく様に崩壊されていく中、彼が最後に見たのは――――――――――――――――――煌めく銀色の光であった。