九十九篝は、期待する
「強いな、貴様ら」
九十九篝のその言葉は評価であった。
恐らくこの様な評価をしたのは【ヒノカグツチ】以外はいない。が、遠く【ヒノカグツチ】には及ばない。確かに強いが――――――――。
「な、なんデスか…………!人間如き―――――」
「こ、小癪な―――――」
鋭く尖った嘴と爪を持つ鷲エトンは身体中に細く強靭な糸が大地と共に縫われ、九つの頭を持つ、毒々しい棘を生やした水蛇ヒュドラーは八つの首を根元から切り落とされ、唯一残った中心の首は鎖により大口をこじ開けられてしまい閉じることすら出来ない。そしてその猛毒が滲み出ていた牙と爪は無理矢理根元から引き抜かれていた。
あまりにも、圧倒的な結末に九十九篝は強いと言った。それは今まで戦ってきた中で強いということ。素直な評判なのだが、客観的にこの光景を見てみれば九十九篝にとっては、無傷で無力化出来てしまう程に“弱い”のが証明である。
そんな中、隠すことない視線を感じた九十九はその者に対して挑発的な殺気を放ち訪ねた。
「どうした、オレと刃を交えるか?『青薔薇の総隊長』"シュッヘル"。オレは一向に構わんが」
「この状況で巫山戯たことを―――――」
『青薔薇の総隊長』シュッヘルは、たった一人の独壇場にて怪物二体を無力した事に心底恐怖を覚えていた。シュッヘルが手出しする前に、瞬きをする間に終わってしまったのだ。辛うじて目では終えたが、本気ではないのは間違いない。
「(報告には聞いていたが、これ程か。強い、確かに強いが何より―――――――)」
横目に救出したアルフェリアと加賀蓮が後から到着した医療系の騎士達が救護していた。二人共ヒュドラーの毒により意識を失っている。そして先程まで毒により命の危機、余談を許さなかったのだが、九十九がシュッヘルにあるものを渡したのだ。渡したというより、放り投げたのが正確ではあるが…………。
「まあいい。貴殿の薬で二人の命は取り留めた。感謝する」
「…………………戦う気はない、か。下らん」
戦う気が無いと判断した九十九は興味を無くし、代わりに地面に這い蹲る怪物、ヒュドラーとエトンを見下ろす。感情もない表情で、何を思ったのかその二体の怪物の拘束を――――――――解いたのだ。
それに酷く驚愕したのは青薔薇の総隊長シュッヘルを始めとした者達である。
「きさ―――――――」
「何だ騒々しい」
「何故拘束を外したっ!」
「つまらんからだ。この怪物二体、どちらもオレを殺そうと隙きを覗っていたからな。ならば拘束を外そうと―――――」
なんでそうなる!?とシュッヘル達は叫んだ。同時にエトンとヒュドラーも内心同じくそう突っ込んでいる。加えてこの人間、バカじゃないかとも思っていた。
「少々聞きたいことがあった。貴様ら、『テュポーン』を知っているな?」
その言葉にエトンとヒュドラーは動揺してしまう。何故、人間如きが父上の名を知るのかと。同時に漸く理解したのだ。戦闘派はエトンとヒュドラーは探知は疎くはあったが、今ではわかる。
「女神の手下かッ!」
「ぐぬぬぅ、更にはヒノカグツチの力を得ているとは………なんということデスか」
目の前の人間は、女神の使徒だ。そう判断したのだが、心底嫌そうな表情をした九十九はとりあえず―――――――――――近くに転がっていたヒュドラーの頭を二体の怪物に向けてぶん投げたのだ。
エトンは上空に避けたが、その後ろのヒュドラーに被弾してしまう。己の頭と同じ程の巨大な頭部に加え、九十九の投擲力がかけ合わさった為に流石のヒュドラーも大口を開かたまま倒れ意識を失ってしまった。
「ヒュドラー!」
「―――――――女神の手下などと吐かすとはな。奴等の手下になった覚えはない。言葉は選べよ雑種。次、命は無いと思え」
それは単なる怒りの片鱗。
しかし、僅かだ。
更に言うならば、これは攻撃でもない。ただの忠告である。同時にエトンは本能的に理解していた。
あれは、強い。
ただ強いのではなく、最強に成りつつある獣だ。最早人ではない。戦い、成長し、強きを喰らう飢えた獣。
怪物やモンスターよりも、恐ろしい獣だ。
「しかし、丁度良い乗り物があるではないか。なぁ?」
「―――――――何故、見るのデス」
不敵な笑みを浮かべた九十九は、片手を動かした刹那それに反応する様にエトンの身体が動くのだ。己の意思関係無いなく、九十九の元へ移動しその場で伏せてしまう。何が何だかわからないエトンだが、お構い無しに九十九はエトンの背中に優雅に乗馬――――――もとい、乗鳥をする。
「グッ!?身体が勝手に――――――」
「ふむ、まあまあか。さて、そこらで暴れている貴様らの仲間の元へ向かうか。貴様らであればまだまだ楽しめるだろう。あの女神共よりも強い」
「あ、当たり前デスッ!!!女神共相手に一度も遅れを取ったことはありませン!現に、力を権限させても我々に傷一つ付けられずに倒されたのデスから」
「ほぅ!まあしかし、貴様らもオレに傷一つ付けられなかったのだがな。が、それでも中々楽しめたが故にあのヒュドラーと名乗るトカゲと貴様を生かしている。感謝しても良いのだぞ」
「ふさけ―――――」
意思を持ってしても身体を動かすことは出来ない。
ただ、自らの意思では動けない乗り物の様に全ての操作権は九十九にある。幾つか怪物達が暴れまわる中、上空から見下ろしながら品定めを始める。エトンも随分不服そうだ。
三頭の炎を纏う狼。
双頭の黒犬。
百の頭を持つ枯れ葉の様な焦げ茶色の巨竜。
幾つもの獣を組み合わせられた獅子の顔を有する獣。
誰かに似た気配のある数多を飲み込もうとする巨大な透明生物。
それぞれが暴れ、それに対抗しようとする者達。しかし、やはり相手はバケモノ。そう簡単に倒せるわけがない。むしろ、倒せるのは皆無に等しい。
「ふははははッ!!!選り取り見取りではないかッ!!!実に良いッ!!!さて、最も強者なのは――――――――――む?」
どれもがかなりの脅威。特に双頭の黒犬と百頭の巨竜はエトンやヒュドラーよりも遥か格上。無傷は難しいだろうと高を括っていたが、一つその二体の怪物よりも格上を察知したのだ。しかもあのスライム同様に、何処か既視感のある気配。
「…………王宮か?しかも相手をしているのは総騎士団長か。ふむぅ、あの老兵には幾度も借りが――――――――いいや、独り占めは許さぬぞ」
九十九は悪そうな表情でエトンを操作し王宮へ向かう。しかし、その向かう姿をバケモノ共は目撃していた。九十九の気配を、そしてエトンの不審な様子に直感的に動いたバケモノ、操られていると見抜いたバケモノ。そして、王宮にいる主を守ろうとそれぞれのバケモノ達が女神の分身を後にし王宮へ向かうのであった。