傍観する者達
"怪王テュポーン"の第四子『ヒュドラー』・第六子『エトン』による学園襲撃に加え、"怪王テュポーン"の第一子『スキュラ』・その右腕『カリブディス』による王宮潜入された事に国中が混乱の渦に巻かれていた。
突如現れた巨大なモンスターが暴れればそうなるのも仕方がなかった。しかし、そんな騒動の中に九十九篝の自宅にいた黒猫は窓から見えるその騒動の様子を眺めている。しかし、だた眺めている訳ではなかった。
「なんや騒がしいと思ったら……怪物等が暴れとるんやなぁ。あんたのお仲間さんもいるけど、帰らんの?」
黒猫は問う。
この世の終わりとも言えそうな景色の中、呑気にも身籠った身体を丸めながら、同じくこの景色を眺める子供へ訪ねたのだ。
「………」
「どっちに付くかは、明白やと思ってたんやけど、悩んどるん」
「だって、あんなことはなちゃれると…………わからなくて」
「あぁ、そうか。まあ、神はそんな事関係ないけどなぁ。無論、わっちも含めて」
本来ならば、あの戦いに隻腕の幼女―――――ネメアも参戦する筈だった。例え足手まといになるとしても。
「ほんとう、なのでしゅか?」
「わっちが嘘をつくとでも思ったんか?まあ、ええわ。事実や。どうせアイツらが隠してるんか、或いは本当に知らん愚神のどっちかやろうなぁ」
一欠伸した黒猫は、身籠った身体を起き上がらせると身体から闇夜の粉塵が身に纏う。まるで夜空の闇の様に、しかし微かに光り輝く小さな星々の様な輝きの中、その黒猫の真の姿を顕現す。
黒髪おかっぱの美少女、赤い衣のドレスを纏い。しかし、そのお腹は大きく膨れていた。そのままテレビでも見るかの様にバケモノが暴れ、それを阻止せんとする者達の攻防をその目で視ていた。
「どっちが勝とうが負けようが、結果は同じや。この世界は、あの子の為に創られた仮想現実―――――しかし、こんな手間掛けてどうするやろ。どの勢力も狙ってるみたいやけど、ほぼどこに付いたのかは決まってるもんやし。他の勢力は引き剥がそうとしてるんわ、みっともない。けれど、面白くないなぁ。篝はんの身体に入り込むなんてなぁ。しかも『ヒノカグヅチ』を利用するなんて、正気の沙汰じゃないわ」
そう不満を述べながら椿こと―――――――女神セクメトは己のお腹を撫でつつも、真の勝者は時分だと確信していた。無論、そう意味ではなく、性的な意味でだ。
「まあでも…………篝はんはわっちのもんや。ま、あの【神王】の女だけは許そっか。不本意やけど、篝はんを助けてくれたんやし…………不本意やけど」
「この戦いは、どうなるのでちょう」
「結局は、どの勢力も目的は共通してるんや。これは戦いや争いやないで。神々――――――いや、【神王】等は裏で結託しておるんやさかい。これは【神王】等のお遊戯―――――厳選なる育成や。篝はんもその内の一人…………【神王】達が生み出した幾つもの異なる世界で、強者を生み出す」
「なんで――――――――」
「これは全て茶番や。エキドナもプロメテウスも、七姉妹の女神達も――――――――――【神王】等に都合良く動かされてるだけやからなぁ。敵対していても、その両者の頭が結託なんて、アンタらからすれば笑えへん話やろ」
それを告げるセクメトは悪びれもせずに淡々と述べる。本当は気付かぬフリをするつもりだが、やはり彼女は【神王】と同等の存在。話す道中からどうでも良くなったのだろう。
「とーさまは」
「【神王】等がどう思ってるかなど、わっちがわかるわけないわ。けれど、篝はんの立場は危うい。と、言うよりもう手遅れ。ご愁傷様やなぁ、篝はん―――――いや、わっちの旦那さんやけど」
手遅れ。
その言葉に、妙な焦燥感が生まれてしまうネメアは外の景色に目を向ける。
「想定外やったんわ、篝はんが神の名を冠した力を――――――――ま、そんなこと【神王】等からすれば嬉しい誤算やろ。それに、こんなんまだ始まってもないわ。これは序章、プロローグ。これからどうなるか観ものやけど――――――」
彼女のお腹が微かに蠢く。それは命の鼓動であり、ある意味一つの【未完成でありながら、究極生命体】の産声、或いはその顕現である。【神王】達が意図的に生み出した“勇者”或いは“英雄”と称される者たちと同格の存在になるであろう、子。
神でもなく、人でもない。
しかし、神でもあり、人である。
「――――――――わからない。わからないでしゅ。なんで、こんなこと」
「まあ、わからんけど単なる戦力増強か。或いは――――――それ程のナニか。あぁ、そう言えばや。篝はんは、どれくらい生きたんや?しかも、問題はその種族。しかも、その力の象徴―――――――――――――――即ち、“太陽”。それを示すは、“黄金”…………………………それの対比が、アンタなんかなぁ?」
「ッ!?」
まるで最初からわかっていた。そしてその様に扱う様に背後にいる、月の神の名を冠する銀の黒騎士は音も無く立っていた。
ネメアは、セクメトの言葉に初めてそこに黒騎士がいることを確認したが、気配は全くである。まるで、蜃気楼の如く何かの未練に囚われた幽霊の様に。顔を真っ青にしたネメアは戦闘態勢に入ることすら忘れ、ただこの状況は詰んだと錯覚してしまっていた。
「……………」
「怒ってるん?それとも、泣いてはるん?」
「ボクはただ、あるべき元へ。その時がくるまで待つ。ボクが、ボクに戻る為に」
「それはアンタ、単なる帰巣本能ちゃうん?」
「そう、かもしれませんね。ですが女神セクメト。その子をどうするもつもりで」
「なぁんもせぇへんよ?でもまぁ、アンタもすごいわぁ。改めて実感するなぁ。“英雄”・“勇者”、そんなもんをこういう風に造るんやから」
ただ、面白そうな表情で――――――――――しかし、その目は確かに怒りが込められていた。しかし、両者ともに刃は交えずただただ外の景色に起こる惨状をその目で見届けようとするのであった。