学園襲撃
その時、彼等は姿を現した。
何の前触れもなく、静かに。
最初に姿を現したのは、九つの頭を持つ、毒々しい棘を生やした水蛇であった。その身体はモンスターの中でも巨大な分類に入るドラゴン並みのサイズ。そして九つの首は己の身体を巻き付ける程の長さだ。
そのモンスター、"怪王テュポーン"の第四子『ヒュドラー』。
神をも蝕む毒を持ち、数多の英雄を葬った"英雄殺し"。
「女神の分身、捕らえたり」
「ぅ゛……ぁぁ……」
そのヒュドラーは己の目的である任務を遂行していた。
九つの内、中央の頭がとある少女を咥えている。しかも腹部に深々しくヒュドラーの毒のある牙がめり込んでいた。本来なら通常の人間なら絶命していたのだが、彼女は特別である。だが、毒に犯され直ぐに死なないとは言え、ヒュドラーの鋭く大きな牙で腹部を貫かれ致死量の流血をしているのには変わらない。
「アルフェリアッ!!!」
「か……が……せん……せ、ぇ……」
教師である加賀蓮はヒュドラーに捕まったアルフェリア・リゾートラストを救出しようとしていた。だが、加賀もまたヒュドラーの爪によってかすった片腕を押さえている。ヒュドラーの毒は牙だけではなく、爪にも滲み出ていたのだ。幾らかすったとしてもその毒を少しでも傷口に入れば業火に燃やされる様な激痛に苦しまされてしまう。
「なん、なんだ、きさまらっ!」
「女神の分身よ。ワレの毒に犯されればその女神の力も使えん。厳密には、ワレの毒を治す為、力の方に回せん……というべきか」
「女神……分身……?何の話だ。そもそも、モンスターが人の言葉をっ!」
「モンスター……そんな雑種と同列にするものではない。さて、そろそろ効いてきたか」
「!?」
突如、先程まで業火に焼かれる様な激痛から全身が電気が走った鋭い痛みが加賀に襲い掛かる。最初はまだ立っていられる程だったが、次は身体の全神経が機能を停止してしまったのだ。その為、呻く事も指先一つ、眼球を動かすことすら出来なくなってしまった。
「ヒュドラー、終わったデス?」
「"エトン"か」
刺々しく、鋭く尖った嘴と爪を持つ鷲はヒュドラーの元へ舞い降りた。その強靭な両足は数倍も大きいヒュドラーをも持ち上げそうな程の立派なもの。そんな片足に服も身体もボロボロな一人の少女を掴んでいた。
"怪王テュポーン"の第六子『エトン』。
それがこの大鷲の名である。
「女神の分身は三つ」
「残りはあと1つデスネ!」
「左様。あと少し、あと少しで……ワレワレの親父殿が復活するッ!!!」
エトンは己の足で掴んだ布切れの様に気絶している生徒会長『シャルロット・レヴィリレール』を黙視で確認する。生徒会長としてなのか、それとも九十九篝との思い出の場所を守る為か学園を襲撃した際に真っ先に防いだのがシャルロットであった。
しかし、ヒュドラーとエトンの襲撃はあまりにも酷いの一言だ。
あまりにも巨大なヒュドラーにシャルロットや他の生徒や教師達の攻撃は殆ど通らず、蹂躙されるしかない。現に学園は半壊しており、教師達は生徒達を守る為に結界を張って持ちこたえるしかなかった。
「して、この国にはいるのであろう。英雄共が」
「そこに関しては大丈夫デス。既に潜入していマスからネ」
「おぉ、我等が姉上様か!」
その瞬間、学園から離れた場所にある王宮の近くである城下町に爆発が巻き起こる。そしてその爆発と爆煙の中からヒュドラーよりも遥かに巨大な怪物が現れた。
「あれは、姉上様の右腕」
「カリブディス……相変わらず、大きいデスネ」
巨大な怪物、というより水龍の姿をした巨大な大量の水。恐らく決まった姿は無いのかは不明だが、水龍以外の姿にもなれるスライムの様な存在。スライムが水龍の姿になった、という方がしっくりくるだろうか。
「さて、姉上様が足止めしている間に」
「女神の分身を母上の元に、デスネ」
ヒュドラーは毒によって瀕死状態の加賀蓮を回収しようと一つの顔が咥えようと首を伸ばす。しかし、その前にヒュドラーだけではなくエトンはこの場に新たな気配を察知した。
「ほぅ、流石に気付くか」
「何者か」
ヒュドラーは九つの顔をバカ正直に殺気を放つ何者かに向ける。そしてエトンは即座に大きな翼を振るったと思えば、それは疾風の刃を起こしたのだ。その疾風の刃は殺気を放つ何者かに直撃するかと思えば、逆に疾風の刃を斬ったのだ。
「風の刃……中々面白い力を持つモンスターか」
「小癪」
「む?」
次はヒュドラーの口から毒のブレスが吐き出される。女神の分身であるアルフェリア達がいることも気にせずにだ。ヒュドラーからすれば、女神の分身たる彼女等三人がこれしきの毒でくたばる訳がないと分かっていた。
「これは……毒か。流石に身体が痺れるな……が」
何のことも無い、といいたげにその者は力を放出する。
その者は元々一本だった尻尾を九つまで増やし、尚且真面に受けた毒のブレスをその九つの尻尾で吹き飛ばしたのだ。その吹き飛ばす力は辺りの瓦礫までも塵の様に空へ舞う程の威力。
そして、漸く気付いたのだ。
ヒュドラーも、エトンも。
何故か身体が動かないことに。
「(女神の……差し金か?いや、あの獣人にあの忌々しい女神の臭いはあるが、気配はない……しかし、中に宿すあの火はなんだ?)」
「……ヒュドラー、あの獣人の中に原初の火が宿ってマス」
「なに?」
「女神の分身は貴女に任せマス」
エトンは身動きが取れぬ状態だったが、カッ!と力を吐き出す様に身体から放つと自身とヒュドラーを拘束してきた細く強靭な糸を断ち切った。そして掴んでいたシャルロットをヒュドラーに向けて投げた。それをヒュドラーは見事咥えてキャッチするが、エトンが臨戦態勢に入っているのを理解する。
「俺の糸を切るか、鳥風情が」
「なぜゆえに、あの"原初の火"を宿しているかわかりませンが……あなたは我々の脅威となるのは間違いないデスネ。悪く思わないでくだサイ!」
「消すか……面白い。只ならぬ気配を感じて来てみれば……中々の当たりのようだ。せいぜい楽しませろよ?」
九尾と化した九十九はエトンに向けて先程の糸ではなく、無数の鎖を解き放つ。鎖はそれぞれ意思を持つ様に左右上下からエトンに襲い掛かるのだ。エトンはギリギリまで引き寄せてから空中を自在に回避していく。
「っ!?」
徐々に九十九との距離を近付けていたのだが、風の刃を放とうとした瞬間、広げた翼が動かなくなったのだ。何故、動けなくなったのか。それはすぐにわかった。
最初に身動きが取れなかった時と同じなのだ。
「ギリギリに引き寄せるのは良いが……もう少し注意すべきであったな?」
「鎖から糸を!?」
「流石に気付くか」
九十九の解き放つ鎖から幾つもの細く肉眼では見えぬ糸がエトンを少しずつ少しずつ捕らえていたのだ。細く力弱い糸が一本では拘束不可能だが、それが何度も何度も編み込む様にしていった結果がこれである。
「で、ここで終わりではないのであろう?俺を楽しませよ」
「こん、の……っ!」
「(なんだ、あの人間は。本当に、人間か?)」
「いいや、君が楽しむ暇はない」
突如、この場に第三者が介入する。
全身青の鎧に身に纏った騎士。その青の鎧全てに薔薇の紋様が刻まれているだ。声からして男であり、背中には漆黒の魔剣『アロンダイト』を背負っている。
この青い薔薇の鎧男にエトンだけではなく、ヒュドラーも只ならぬ気配を感じ警戒するのだ。目の前にいた九十九と同等の強者の風格というべきか、それとも禍々しい気配が彼等の本能が強引に警戒させる指示を出させているのか。どちらにせよ、只者では間違いではない。
そして唯一、九十九は目を細めつつも何処か納得した様子で青の鎧男を見て静かに戦慄していたのだ。
「(やはり出てくるか、『青薔薇の総隊長』"シュッヘル")」