九十九篝は異常である。
「俺を殺せる者はいるか!」
ソプラノの様な透き通った声とは裏腹に、その場にいる教師生徒達は戦慄を覚えていた。その声の主は、少女の様な容姿に狐耳と狐尻尾を生やした獣人の新入生『九十九篝』である。
女子生徒にも見えるが、服装から男性なのだと辛うじて判断できるだろう。彼は実践に近い模擬戦を行い様々な障害物があるコロシアムにて、絶対強者として君臨していたのだ。その証拠に彼の足元にはなす統べなく九十九によって瞬殺された、彼と同じ一年生徒達である。しかもクラスではなく入学した一年全員であった。
「な、なんだよ、あれ……」
「一年最強が、一瞬にして……」
「あんなの、勝てるわけねぇだろ……」
観戦席にいる生徒達は九十九の君臨する様に恐怖を抱いていた。地に倒れる最優秀生徒達の中には受験時に教師を倒した者や、神童に異端児、封印指定とされる生徒もいたのにも関わらず、同じ地に立つことも許されずに地へ叩きつけられてしまっているのだ。
「俺を、殺せる者はいないのか……?」
九十九は地に伏した同級生達を見渡しながら、何とも残念そうな表情をしてしまう。そして辛うじて気絶を免れた生徒一人を見つけ、九十九は一歩一歩とゆっくりと近づいていく。その近付く足音は、死が近付いてくる様。
「何時まで寝ているつもりだ。さっさと俺を殺しにこないか」
「ヒッ!?」
気絶した振りをしてこの場を遣り過ごそうとしていた小柄な少年は九十九に覗き込まれた瞬間に悲鳴を上げて後退りをてしまう。その様子に九十九は詰まらなそうにして、手に持っていた木刀を手に届かぬ遠くへ投げてしまう。
唐突な行動に誰もが戸惑いを隠せない。
「ぇ?」
「得物は捨てた。魔法も使わん。さあ、俺を殺しにこい。魔法を撃つなら待っていよう」
まるで魔法を自ら受けようと自殺行為紛いな事を言い出した九十九。本来なら馬鹿にするなと罵声が飛びかったり、教師が止めに入ってくる筈。しかし、そんな事は起こらなかった。
「……どうした、魔力が足らぬか。ならば回復してやろう」
「なっ!?」
「さあ、俺を殺せる魔法を撃て!」
「ぁ……あぁ……」
既に神童と呼ばれていた少年は涙を溢しながら絶望の色に染まっていた。脳が、身体が悲鳴を上げる。どうあがいても目の前の獣人には勝てない、と。
狂気に満ちたその目は何より少年の恐怖を駆り立ててしまう。
そして、いよいよ少年は口から泡を吐いて失神てしまうのであった。
「……なんとも、情けない。俺を殺せる者はいない、か」
興が冷めたのか、九十九はそのコロシアムからスタスタと退場してしまう。そして九十九が退場後、まるで氷が溶けたかの様に教職員達が行動を起こしたのだ。
「全員無事か!!!」
「……いや、全員気絶しているだけだ。命の別状はない」
「なんという……たった15歳が、秒で無力化するなど……」
コロシアムで倒れていた生徒達は全員気絶しただけであった。この現実は受け入れがたい事実であるが、それを認めるしかない。
この模擬戦は生徒達の実力を改めて図るものであり、生徒達の意欲を高めようとした毎年行われる行事の一つ。しかし、九十九篝という一人の生徒がやったことは歴代の新入生には居なかった異質な存在であった。
この目撃をした生徒達は九十九篝という存在を畏怖することとなる。
その圧倒的な力を。
絶対強者の風格を。
しかし、九十九をその様な目で見ていない者がいた事にこの時の九十九は気付いていなかった。
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「篝……」
コロシアムの観戦席に一人の少女は九十九篝の名を口から溢していた。
彼女の名は『アルフェリア・リゾートラスト』。
桃色のポニーテールの髪に容姿が整った愛らしい顔は、地球ならばそれだけでアイドルになれるだろう。制服の上からでも豊満な胸は男心を擽られる魅惑の身体。
そんな男を虜にするアルフェリアは九十九の姿を見て悲痛そうな表情で、今にも泣きそうになっていた。
無理はない。
彼女も、何度もループしているのだから。
「(篝……また、会えたよ。次は……次は、必ず、貴方を幸せにするから……私が、絶対に)」
彼女もまた、狂気に満ちた目で九十九の姿をその目で焼き付けていた。彼女は九十九篝の妻であり、恋人だったからこそ、ここまで執着している。
「会いに行かないと……!」
アルフェリアは思い立った様に席から離れて九十九篝の元へ向かう。彼女はもう一度、九十九と話したくて仕方がなかった。まるで恋い焦がれた初恋の相手に漸く会えて嬉しさが滲み出ている少女の様である。
そして控え室に向かう道中に、九十九とばったり出会ってしまう。
「……」
しかし、アルフェリアの姿を見た途端、九十九は不機嫌そうに眉をひそめていた。そんな事を気にせず、アルフェリアは今にも通りすぎようとする九十九へ話しかけたのだ。
「篝、君」
「……なんだ」
「模擬戦、凄かったよ!」
「……退け」
「え?」
「退けと言っているのだ、女。貴様など興味ない」
「そんな……酷いなぁ。私は篝……君と」
「ほぅ、そうか。貴様なのか?」
「なに、を?」
「貴様が、俺を殺そうとしているのだな?」
「っ!?」
アルフェリアの脳裏に、悪夢の様な出来事が過る。
あの男の命令で、それに逆らえず九十九を背中から刺し殺してしまったことを。九十九に向けて炎の魔法を放ち、彼を焼き殺してしまったことを。彼を無罪の罪を被せて、その生涯を牢獄へ落としたことを。
ぐるぐると、呪いの様に渦巻いていく。
「仕方があるまい。ならばここで、殺し会おうか!」
「───私は、篝を、殺さない!!!ぜったいに!!!」
「……ならば用はない、時間の無駄だ」
「ぇ、ま、まって、篝」
「名で呼ぶな、鬱陶しい」
それは九十九の拒絶。
その瞬間、アルフェリアは足から崩れ落ちる様にその場で力なく座ってしまう。九十九の拒絶はアルフェリアにとって、生命線が途切れてしまうのと同義であった。待って、と手を伸ばそうとしても九十九の背中は遠くなっていき、そして姿を消してしまう。
「篝……か、がり……」
ポロポロと涙を溢す彼女は己の無力さを嘆くしかなかった。何度も九十九を裏切ってきた報いを受けたのだ。それを受け止めるしかないのに。頭ではそう理解しているのに、諦める事が出来なかった。
「全部、ぜんぶ、あの男のせいだ。わたしはただ、篝と幸せに暮らしたかっただけで、それ以上は、いらないのに。何度も、何十回も、頑張ってきたのに……」
彼女は憎悪を抱く。
あの男を。
だからこそ、彼女は気付いた。
「あの男さえ、殺せば、篝が戻ってくれる筈……あぁ、そうか。篝は操られているんだ、あの男に!!!」
アルフェリアは決意する。
あの男を殺すことを。
その瞳は酷く歪で、九十九しか視野に入れていないもの。
何もかも、考えることも、見るのも、九十九しかない。
何度も同じ失敗を繰り返した彼女は───アルフェリア令嬢はあの時の様に、幸せに暮らせることを夢見ながら復讐の火を灯したのであった。