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浮気な恋

 


 深夜。


 蝋燭の灯りがぼんやりと部屋を照らしている。

 同じベットで寝ているジャネットを眺めながら、俺はアンの言葉を伝えることにした。


「ジャネット、アンが俺たちの関係に気付いてるかもしれん」


「私たちのことをお嬢様が?」


 こてん、とベットの上でジャネットが首を傾げた。それに合わせて、緩くウェーブしたダークブラウンの髪が流れる。俺はその髪を解かすように撫で、そっとジャネットを抱き寄せる。彼女のしっとりしたきめ細やかな肌が心地よい。


「ああ、最近アンから『結婚する前に全て清算して貰うぞ』って言われた」


「……シェロさんは、私のことを清算するつもりなの?」


 俺の言葉を聞いたジャネットの榛色の瞳が不安げに揺れた。


「馬鹿言うな。そんなつもりは全くない」


「本当に?」


「ああ、勿論。ジャネットはずっと俺のメイドで、俺の女だ」


「……嬉しい」


 ジャネットは「シェロさん、仰向けになって」と俺を誘導し、覆い被さるよう自身の身体を押し付けた。


 ダイレクトに豊満な胸の柔らかさが伝わる。素晴らしい。お互い裸のためいけない気分になりそうだった。何故、裸なのかという野暮な質問は受け付けないぞ。さっきまでナニしてたんだ、それぐらい察しろ。


 とりあえず、ジャネットのお尻を揉んで気持ちを落ち着かせておこう。むにむに、と餅みたいな触り心地。うむ、グッドだ。


「あんっ! 駄目、シェロさん。そんな悪戯しないで。今、私たち真剣なお話をしているのよ?」


「悪戯なんかじゃない。本気で真剣に触ってる」


「……もう、余計たちが悪いわ」


「そんなことないだろ。俺は自分を偽らず正直に生きているだけさ」


「馬鹿」


 ぺちり、と頬を優しく叩かれた。その後、すぐその頬にキスを落とされる。リップ音が妖しく部屋に響いた。飴と鞭とはまさにこの事か。


「ん、ちゅ。ふふっ、シェロさんはいつも屁理屈ばっかりね。でも、シェロさんのそういう斜に構えたところ私は好きよ」


「……お前、男の趣味が悪いって言われないか?」


「そんなこと言われたことなんてないわ。だって、これは浮気な恋だもの。だから、他人に私の男の趣味なんて知られようがないでしょう?」


「そりゃそうか」


 納得する。でも、浮気な恋って、俺とアンは恋人じゃないぞ。まぁ、許嫁ではあるが……そこまで考えて、思わず顔をしかめる。客観的に見ても、いや、見なくてもアウトだったわ。


「シェロさんは、私以外にどれだけ恋を抱えているのかしら?」


「あー、それ、言わないと駄目?」


「だーめ」


 ジャネットは耳元で甘く囁き、ふぅ、と息を吹き掛けてきた。ぞくぞくする。なんて女だ。男心を分かっている。最高かよ。


「そんなに言いにくいなら、当ててあげましょうか? シェロさんは娼館に行って、色んな女性と遊んでるみたいだけれどきっちり線引きをしているわよね。シェロさんの懐に入っている女性は私を入れて3人」


 ピシッ、とジャネットは真面目な顔をして指三本を立てた。そのハンドサインと表情が可愛くて笑みが溢れる。


「ははっ、そこに迷わず自分も含めてるのか。大した自信だな」


「もう、揶揄わないで。……それとも、貴方の懐に私は入っていないの?」


 上目遣いで俺を見詰めながら、唇を尖らせる仕草に愛しさを覚える。頬を撫で、安心しろと俺は微笑んでみせた。


「そんな顔するな。ばっちり入ってるよ」

「もう、馬鹿。あまり私を虐めないで」

「悪かった」


 両手を上げ降参のポーズ。それを見てジャネットは楽しげに笑った。


「ふふっ、じゃあ続けるわね。二人目はシンシアちゃん」


「シンディがここで食い込んでくるか。アイツはただの妹弟子だぞ」


「じゃあ、シンシアちゃんに手を出してないんでしょうね?」


「……よぉし、張り切って三人目にいってみよー!」


「手、出しているのね」


「ノーコメントで」


 はぁ、と大きな溜め息をつかれ、しょうがない人ねと呆れられた。そればっかりは否定できない。俺、しょうがない人です。


 正直スマンかった。


 おっしゃるとおり、めちゃくちゃ手を出してます。でも、全部シンディの牛みたいな胸が悪いんです。揉まずにはいられないあの胸が悪いんです。シンディの胸にはいつもお世話になっております。


「そして、最後の一人はアンフィーサ様」

 

 一瞬、時が止まった。


「―――それは違う」


「いいえ、違わないわ。悔しいけれど、シェロさんの本命はお嬢様よ。だって、私とシンシアちゃんは、ずいぶん前からシェロさんに抱かれているもの。でも、お嬢様には手を出していないでしょう?」


「当たり前だ。アンはそういう対象じゃない」


「嘘つき。言ってたじゃない。お嬢様には幸せになって欲しいって。だから、抱かない……いえ、抱けないのね。お嬢様のことを本当に大切に思って、愛しているから」


 お願いだ。

 止めてくれ。

 俺を揺さぶらないでくれ。

 ただアイツに幸せになって欲しくて。

 俺みたいな男では、幸せを与えてやれない。

 アンはもっと広い世界で良い男を見つけ幸せになるべきなんだ。


「シェロさん、幸せって誰かに与えるものでも、与えられるものでもないわ。一緒に育むものなの。ねぇ、シェロさん、だから大丈夫よ。シェロさんは今まで私やシンシアちゃんと、幸せを育んできたでしょう?」


 ぎゅっと、抱きめられる。優しい香りがする。とくとく、と脈打つ心音が俺を包み込んだ。


「……なぁ、ジャネット、お前は本当に良い女だな」


「あら、ならシェロさんは女を侍らす悪い男だわ」


「ははっ、違いない」


 俺もジャネットを抱き締め返した。温かい気持ちになる。きっと、これが幸せというものだったのだろう。なるほど。気づいていなかっただけで、確かに俺は彼女たちと幸せを育んでいたのだ。


「そうだな。色々、清算するか」


 俺の呟きが聞こえなかったらしく、ジャネットはきょとんとした表情を浮かべている。


「シェロさん?」


「いや、俺もずいぶん遠回りしたなって思ってさ。今振り返ると、馬鹿らしくなってきた」


「……そう、吹っ切れたのね」


「ああ、おかげさまで」


 俺の言葉を受け、ジャネットは寂しそうに眼を伏せた。


「……じゃあ、もう浮気な恋はおしまいかしら?」


「馬鹿言え、浮気な恋なんかじゃない。昔から本気の恋だった。勿論、これからもこの恋は続行だ」


 ジャネットにキスをして、頬を擦り合わせる。ジャネットは俺の瞳を見詰め、柔らかく微笑んだ。




更新おまたせしました!

そろそろ佳境に入ってきましたね。

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