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訓練模様

 





 金属がぶつかり合う甲高い音が空に抜けていく。

 迸る熱気。野太い掛け声。舞う土埃。


 シュヴァルツフリューゲル城の中庭にある訓練所で、騎士達が剣を交えている。


 ラリッサは隣国と休戦協定を結び、戦闘停止が継続されている。しかし、国同士の争いはなくなったものの領地の安全が保証された訳ではない。


 騎士団は村を襲い略奪を繰り返す盗賊の制圧。人々を拐い、殺し、女を凌辱するオークやゴブリンといった魔物たちの討伐。密輸や違法に奴隷を扱う悪徳商家の取り締まり。それ以外にも様々な役割を担っている。騎士団は日本で言うところの警察と特殊部隊を合わせた機能を持っていると言える。


 騎士たちの雄叫びが、俺の思考を邪魔する。


 そのむさ苦しい熱気に当てられ、俺は思わずため息を吐いた。ぼんやりと訓練風景を眺めながら、専ら文系である自身がいかに場違いな存在であることを再認する。


(……ったく、それもこれも訓練を見に来てくれ、とか言って俺を強引にここまで連れて来きたアイツが悪い)


 俺は元凶となったおよそこの場所には似つかわしくない少女を睨み付ける。


 光を反射し煌めくプラチナブロンド。抜けるような白い肌、高く整った鼻筋。そのたぐいまれな美貌には、隠しきれない高貴さが滲み出ていた。


 彼女の名は、アンフィーサ・ジクムンド・ユリア・ソフィーヤ・フォン・ラリッサ。


 ラリッサ辺境伯の一人娘にして、何を隠そうこのアダルフォ騎士団の団長を勤めている。


 彼女のことを深く知らない者たちには、女だてらに騎士など不遜である。親の七光りも甚だしい、と侮られることもあるだろうがその実力は確かなものだ。この騎士団には彼女に勝る者は存在しない。それほど彼女の剣技は他の追随を許さない。


 そもそも、だ。

 象徴として女性が騎士団の上に立つことはあれ、アンフィーサ……アンのように表だって戦に赴くことはない。あくまでも「貴婦人」としての役割を演じているだけなのだ。


 しかし、アンは勇猛果敢にオークの群れを薙ぎ払い、ワイバーンの毒尾を両断し、最近は巨人を討ち滅ぼす(ジャイアントキリング)偉業をなし遂げた。前世はゴリラなのでは? と俺は密かに睨んでいる。まぁ、この世界にゴリラは存在しないんですけど……。


 そんなこんなで、アンはラリッサの民から「ラリッサの戦乙女」。または、その清廉な容姿を称え「白百合の姫騎士」とも称され莫大な人気を集めているのだ。



「――――さぁ、全力でかかって来るが良い」



 アンは、男性騎士に向き合い右手に剣を、左手にバックラーを構える。どうやら今から試合を始めるらしい。


 彼女はサーコートを身を包み、1.5kg程もあるバスタードソードを軽々と片手で操る。その足取りは素早く、しなやかだ。


「―――――っふ!」


 短く吐かれた息が消えるより早く、繰り出される剣技。その一閃が空間を裂く。轟、と風圧が吹き抜けた。


 それに怯み後退する相手に、縮地し躊躇いなく追撃する。剣を滑らせ相手の剣を下に打ち払う。相手も負けずと打ち払われた剣で逆袈裟に切り上げた。


 アンは眉一つ動かさずに、その斬撃をバックラーで受け流す。軽量で機動性に富んだバックラーを器用に使いこなしていた。


 踏み込んだ一撃をいなされ、体勢を崩した騎士へ強烈な蹴りを放った。あえて隙をつくり、切りつかせたのか。えげつない。


「……っうぐ!」


 腹を押さえ膝をつく騎士に剣先を向ける。下を向きながらも、懸命に立ち上がろうとする騎士を静かに見詰め、吐き捨てるように言葉を発した。


「最後まで敵から目を離すな」


 剣を持つ相手の手をバックラーで強打。騎士は痛みで剣を落とし、うづくまる。


「……剣が折れ、矢は尽き、地を這い泥にまみれ、誇りが潰えても、決して生を諦めるな。守るべき者達がその背にあるのならば、命あるかぎり戦えっ!」


 激しい叱咤が飛ぶ。

 それこそアダルフォ騎士団の戦闘教義(ドクトリン)。戦乱の世を生き抜いた戦士たちの生様を今に残す鋼の教え。


「ぐっ、まだまだぁ……っ!」


 その言葉に奮い立たさられるように、騎士は立ち上がった。

 軋む身体に鞭を打ち、歯をくいしばって、闘志に薪をくべる。決して諦めない。泥水を啜ってでも生にしがみつき這い上がる、そう彼の瞳が語っていた。


「その意気や良し」


 アンは微かに口角を上げた。我が子の成長を喜ぶ母のような表情を浮かべ、しかしその瞳は厳格な父のように真っ直ぐに彼を射ぬいていた。


「……では、仕切り直しだ」


 再び腕を突きだし、バックラーを構える。彼女はバスタードソードを軽く振って、剣先を騎士に向けた。


「うおおおおおおっ!!!」


 ウォークライ。

 獣如く唸り声を上げて、騎士はアンめがけ駆け出す。



 ―――第2ラウンドの火蓋が切られた。




 ***

 



「……で、どうであった?」


 訓練が終わり、アンは笑顔で俺にそう言った。主語がないので、何が言いたいのか分からん。胡乱げアンを見詰める。


「どうであった、って何がだよ」


 俺の疑問に対して、彼女はもじもじと身体を揺らす。歯切れが悪い。先程の鬼軍曹じみた女はどこに行った。


「いや、その……訓練をしている私を見てどう思ったか、と」


「ゴリラだと思いました」


 真顔で即答。


「ご、ゴリラ?」


「いや、何でもない。光の速さで忘れてくれ」


 危ない。

 思ったことをそのまま言ってしまった。正直なところが俺の美徳だが、それが仇となったパターン。だが、そんな自分も嫌いじゃない。混乱して、思わず自画自賛してしまう。


(……でもまぁ、アンが言いたいことは大体分かった)


 つまり、サッカー部の男子が「俺の活躍はどうだった?」と試合を見に来た意中の女子に問いかけるようなもんだろう。現実はそんな爽やか青春要素は一切ないが、例えとしては間違ってはいないと思う。


 このラリッサでは「強くあること」が美徳とされ、色恋のアピールポイントとして成り立っている。いや、でもそれが成立するのは男の場合だからねっ。女の場合は当てはまらないからねっ。そう思ったものの、流石にそれを言うことは憚られる。


「まぁ……良かったんじゃね?」


 思わず疑問系になってしまった。


「そ、そうか! 良かったか!」


 ぱあぁ、と表情を輝かせ嬉しそうに笑うアン。


 それを見ると、何だか恥ずかしくなる。訓練時の凛々しさとこのポンコツ具合のギャップが妙に愛しくなってきたからだ。


 その気持ちを誤魔化すように、俺は頭をかきむしって白々しく溜め息を吐いた。





やっとこさ更新。

久しぶりすぎて、書くことに時間がかかりすぎました。自業自得。

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