表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

二日酔い



 場末の居酒屋。

 そう表現するのがぴったりの場所。それが踊る狂う子馬亭だ。


 人目を避けひっそりと佇む酒場。ここの良いところは、大衆酒場と違い静寂で、喧騒から程遠いということだ。一人でゆっくり飲みたいときに重宝している。あえてひとつ言うなら、酒は旨いが料理は壊滅的。無難に酒だけを頼むことをオススメする。


「次期領主様がこんなところで酒を飲んでいていいのかぁ~」


 そう言って、いきなり肩に腕を回される。聞き覚えのある声音げんなりとした気分になった。


「男が引っ付くなよ。気持ち悪い」


「おいおい、そりゃないぜ。俺たちの仲だろ」


「ただの知り合い……いや、顔見知り、むしろ他人……?」


「……愛のグレードが急激に降下しているじゃないか」


「愛など最初からない」


「つれないねぇ」


「つれてたまるか」


 へいへい、と芯のない返事をして男は俺の隣に陣取った。勝手に座るな。絡み酒かよ、めんどくさい。


「往年の友人、ジャックさんをお忘れとは悲しいぞ。若くしてもうボケたか?」


「勝手に言ってろ、アホが」


「お前、どんどん口悪くなってない?」


「もとからこんなんだ」


「……そう言えばそうだな」


 納得したように頷かれた。それはそれで腹が立つ。舌打ちをひとつしてから、ジャックを見やった。


 赤みがかった金髪に、明るい碧眼。彫りが深く渋めの顔立ちに、顎からこめかみにかけての無精髭。ふけ顔で30代に見えるが、俺よりも年下の19歳。所謂、腐れ縁というやつだ。ついでに、こいつ自身も腐れ落ちてくれないか、と願掛けしておく。


「シロー、お前今録でもないないこと考えてただろ」


「失礼な。そんな事実無根な言いがかりは止めろ。腐れ落ちてしまえこのクソ野郎、としか考えてない」


「それがもう録でもないことなんだが」


 困ったように眉を下げるジャックを尻目に、酒のお代わりをマスターに頼む。マスターは無言で頷いて、その厳つい身体からは想像できないくらい、繊細で丁寧な手付きで酒を差し出した。礼を言って受けとる。


「で、姫様をほっぽりぱなして良いのか? 怒られるぞ、どうせ他の女を引っ掻けてきた帰りだろ」


「良いんだよ。それに引っ掻けるとは人聞きが悪い。真剣に女の胸に溺れて来ただけだ」


「そのまま溺死しちまえ。全く、姫様もこんな男のどこが良いのやら」


「そんなの俺が聞きたいわ。というか、これも全部親父のせいだ。勝手に誓約を結んできやがって。俺はもっと好き勝手遊んでいたいんだ」


「あー、ほんとお前ってやつはどうしようもねぇな」


 呆れているのか、感心しているのか分かりづらい顔をされた。本当に失礼なやつだ。顔を背けて、酒をあおる。


「おおい、拗ねるな拗ねるな。分かった。俺も酒に付き合ってやるよ」


「別に拗ねてないし、付き合ってもいらん」


「そういうな。さぁ、飲みあかそうぜ!」


「ったく、お前はただ飲みたいだけだろ」


「そうとも言うなっ!」


 ふんぞりかえるジャック。否定しろよ。ジャックが言う愛のグレードとやらを降下どころか墜落させておこう。俺は深くため息をついた。




 ***




 ジャックと飲み明かした次の日。


 俺は自宅でダウンしていた。二日酔いで、気分が悪い。くそ、全部ジャックのせいだ。腐れ落ちろ。心の中で恨み言を散々言って、俺はベットで横になっていた。今に立ち上がると、死ぬ。物理的に死ぬ。


「うっぷ、ああ、くそ」


 目を瞑って、吐き気を押さえる。いや、いっそ吐いてしまった方が楽か。そんなことを考えているときだった、額にひんやりとした手が当てられた。気持ちいい。心なしか気分も落ち着く。


「シェロ、大丈夫か?」


 ソプラノの透き通った声に瞳を開けると、アンが俺の顔色を伺っていた。家まで来ていたのか。気配を消して入るなよ。びっくりするだろ。


「っ、ふ、二日酔いなだけだ。……寝てたら良くなる」


「また飲んでいたのか。飲み過ぎは身体に毒だぞ」


「……説教なら聞きたくない」


「そうだな、すまない。良し、酔い止めを買ってこよう。それまで我慢できるか? すぐ戻るから」


 優しく声をかけられ、額に置かれていた手が離れる。思わずその手首を掴んで止める。アンは驚いて目を白黒させた。


「いいから、側にいろ。手を当てといてくれ」


 思わず出た言葉だった。言ってからしまったと思った。ほとんど条件反射だ。悔しくて、目を背ける。


「うん、嬉しいよ。側にいる。ずっといる」


「ずっとは別にいい……」


「私が貴公の側にいたいのだ。だから、貴公の抗弁は却下する」


 反抗しようとして、止めた。ここで無駄な体力を使いたくない。頭がくらくらする。

 ぎしりと、ベットが軋む。アンはベットに腰かけ、片手で俺の手を繋いで、もう片方で額に手を当てた。別に手を繋がなくても良いんだが。でも、いいか。


「どうだ、少しは楽になりそうか?」 


「ん、まぁまぁ」


「……そうか、良かった」


 何故か安心して、再び目を閉じる。先ほど感じていた気分の悪さも、不思議と和らいでいた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ