八歩 この世界で生き残るため
朝目が覚めると昨日のことが嘘のように晴れ晴れとした気分だった。
またもや、どうやって部屋に戻ったのか記憶にない。
飲み過ぎたらしくバンナさんからは「飲むのは5日に1回」と注意された。
注意をされている間、足が震えていた。
どうやら俺は酒を飲むと次の日に足にくるみたいだ。
家を出ると直ぐにベルガとライナスさんと合流でき、討伐対象の魔物を探しに行く。
再び言われたベルガとライナスさんの「鍛えてやる」という言葉を信じ頭を下げた自分を殴ってやりたい。
地獄のシゴキだった。
ゴブリンを見つけると石を投げつけ、こちらに気づかせて戦闘。
素手のゴブリンにはわざと武器を渡して戦闘。
1匹も10匹も変わらないと群れの中に放り込まれ戦闘。
傷だらけになっても戦闘に支障がないと判断されるとポーションなど使わせてもらえず戦闘。
ゴブリンにボコボコにされ、唾を吐きかけられ、殺されそうになって、やっと助けてくれる。
1日の終わりにはしっかりと報酬は均等配分。
10日もそれを繰り返していたらギルドランクがFからEへ上がる。
感動している暇もなく討伐対象もレベルが上がりゴブリンソルジャーやゴブリンアーチャーになる。
剣で斬られ、矢で射られ、傷だらけ。
ベルガとライナスさんは「動きが遅い」「もっと周りを見ろ」と言いながらニヤニヤ笑っている。
家に帰ると双子ちゃんには「「くさいー」」と水を浴びせられる。
休み?冒険者にそんなもん無いらしい。
筋肉痛?そんなもん気にして動けないと殺されるわ。
命を奪った罪悪感?んなもん襲ってこられたらしょうがないっしょ。
殺されるという恐怖?んなもん怖いに決まってるだろ。だから何としても敵を倒すんだろ。
そんな生活を1ヶ月ほどすれば嫌でも自力がついた。
相変わらず武器は木刀だが、どうやら俺は剣技に飛び抜けた才能は無いらしい。
ベルガ曰く、地道な積み重ねで腕は上がるだろうが、どう足掻いても才能のある人には勝てない。
だったらどうするか、簡単な話だ。剣だけでなく他の戦いの手段も使えばいい。
他の武器に道具なんでも使えばいい。
正式な場でもない限り卑怯もクソも無い。
そうだ魔法だ、と思ってエレナさんに確認してみたがどうやら俺の魔力量は一般人に毛が生えた程度で魔法習得は難しいようだ。
魔法を覚えるのに時間がかかる上、役に立つのかも怪しいものに頼れるはずがない。
だったら他のことで力を補うしかない。
ゴブリン程度なら軽く倒せるようになったが、この世界で生きていくには貧弱すぎる。
俺は考えた、探した、そして見つけた。
ゴブリンにボコられながら見つけたんだ。新しい可能性を。
そして、実用できるだろうと思われる段階まで完成した次の朝にベルガは口を開いた。
「そろそろ近くのダンジョンでもいくかっ」
「ダンジョン?オレそこのゴブリンコロス?根絶やしオーケー?」
「ハヤト君、なんか物騒になった?」
「しかし、今まで見事にゴブリンにしか出会わなかったなぁ」
「本当にね。あの森ゴブリン以外にも魔物出るんだけどね」
「ゴブリンの呪いでもかかってんのか?」
「ゴブリン俺のことキライ。俺もゴブリンキライ。だからコロス」
「もうその喋り方はいいよっ」
バシッと頭を叩かれ正気に戻る。
「はっ。俺は何を」
「ハヤト君…冗談じゃなかったんだ」
ゴブリンに対する感情が俺を狂わせていたようだ。
若干引き気味のライナスさん。
いや、原因の一端はライナスさんにもあるんですがね。
武器に頼りすぎと言って丸腰状態でゴブリンに殴りかからせたことは忘れないぞ。
「で、そのダンジョンとやらにはいつ行くんだ?」
「もちろん今からだ」
「今から?準備も何もしてないぞ」
「今日中に帰ってくる予定だし、そんなに強い魔物も出てこないから大丈夫だ」
「まぁ、初心者向けのダンジョンってとこだよ」
ダンジョンという言葉には惹かれるものがある。
ファンタジーの定番の1つだからな。
「じゃぁ、行こう」
宝箱とかあるのかな?ヤバい、ワクワクしてきた。
片道一時間ほどの距離にダンジョンはあった。
パッと見はただの洞窟のようだが、入り口には鉄格子のような大きな扉、門番らしい人が槍を待機している。
「うぃーっす、ベルガと愉快な仲間たち入りやーす」
「おっ、ベルガ。久しぶりだな」
ベルガと門番らしき人が軽い挨拶をした後、3人でダンジョンに入る。
不思議な空間だった。
まだ入り口付近なので日の光はあるが、奥の方もどうやら何かの光源で明るくなっている。
洞窟と言うにはあまりに広く、動き回ることを考えても十分すぎる。
「ハヤト君が戦闘で次にベルガ、一番後ろが僕って感じかな」
「それが一番だろうな。ハヤト鍛えるのが一番の目的だしな」
どうやらここでの目的も俺に対するシゴキみたいだ。
うん、問題ない。森からダンジョンに変わっただけだ。
それに俺には新しい武器…いや、兵器がある。
「何ニヤニヤしてるんだ気持ち悪いな」
おっと顔に出てしまっていたか。
「何でも無いからさっさと奥に行こう」
「気合い十分だね」
「張り切りすぎると痛い目に合うぞお前」
「わかった、気を引きしめていく」
周りを警戒しつつ進むと少し前から物音がしてきた。
「お出ましだぞ、今まで通りやりゃ楽勝だ」
「おう」
短い返事をし、魔物が近づいてくるのを待つ。
現れたのは人と同じぐらいの大きさの雀だった。そう、地球でもお馴染みの雀だ。
「ビッグスパロウだ。嘴にさえ気をつければゴブリンより弱い」
「ハヤト君なら問題ない相手だね」
うん、もっとグロテスクな魔物が出るかもと想像していたが、雀か。
相手にとって不足無しっ。
…不足だらけでした。
チョコチョコと近づいてきたところを木刀で一撃。倒れた雀はピクリとも動かなかった。
「よし、取り敢えず1匹目だな」
「お前スゲーな、あの愛らしいフォルムでつぶらな瞳のビッグスパロウを容赦なく倒すとは」
「初心者の冒険者はだいたい倒すのに躊躇するのにハヤト君は流石だね」
「いや、アンタらがやれって言ったでしょーが」
どうやら見た目に騙され痛い目に合う冒険者は少なくないようだ。
ある意味強敵…なのか?
ダンジョンの魔物は討伐対象にはならないので素材と魔石を剥ぎ取るようだ。
ビッグスパロウは嘴が素材になるらしく、もはや剥ぎ取り用となったクソ王から貰ったナイフで手早く剥ぎ取る。
「…ビッグスパロウ」
おい、チンピラ。そんな可哀想って目でみるな。
「さっさと次に行くよベルガ」
ライナスさんに引っ張られ、しぶしぶと歩きだす。
奥に進み、途中で見つけたビッグスパロウを3匹倒したところで下に続く階段を発見した。
「よし、降りるぞ2階層にはビッグスパロウは出ない」
倒す毎に悲しい顔をされていたことにウンザリしていたので嬉しい知らせだ。
「2階層には複数の魔物が出るから気をつけてね」
ライナスの注意に頷き慎重に階段を下りる。
階段を下りると広間のような場所に着く。
道は2本あり、どちらを進んでも最終的には同じ場所に出るらしい。
どちらに進んでも同じなら右の道でいいや、と思っていた時。
「キャーッ」
突然、女性の悲鳴のような声が左の道から響いてきた。